超短編小説「身代わり」

 事故だった。
 揉み合いの末に押したら、バルコニーから落ちてしまった。突き落とすつもりなんかなかったのに。

 手すりから身を乗り出して覗き込んだ、遥か下の花壇には赤い血が広がっている。ぴくりとも動かぬ肉塊になったのは、我らが王子だ。割れてはいけないところが割れていて、遠目に見てもはっきり死んでいると分かる。 

 まるで未来を予言するかのように、自分と瓜二つの死体。顔も服装もまるで同じだ。あえて似せているので、双子よりもそっくりだろう。

 ――そう、俺は身代わり役なのに、本人を殺してしまった。

 バレたら死罪だ。いや、あいつを溺愛している王族から、死を懇願するほどの拷問刑に処されるだろう。
 ひっ、ひっと、ひきつるような呼吸が続く。

「ああどうしよう、どうしよう……!」 

 だって、許せなかったんだ。
 顔が似ていたからといって、家族から引き離され、誘拐されるようにして王宮に囚われた。本人が病弱であることを隠すため、あいつが臥せったときには外交の代役までさせられた。そのため王族と同水準の喋り方、知識、作法に鍛錬を要求され、寝る時間も足りなかったのに、あまつさえあの王子は、身勝手な鬱憤を晴らすために俺をいびった。服の下は火傷と青あざだらけだ。
 有事には、こんなクズの代わりに死ななければいけない。そんな仕事を五年、強制されていた。

 まだ、それだけなら我慢できた。家族に大金が渡されると約束されていたから、あの地獄を耐えられたのに――!

 秘密を知る者はいない方がいい。そんな身勝手な理由で、俺が王宮に囚われてすぐに、全員殺されていた。そう、一刻前に知ったのだった。 

「きゃああああ! 殿下が、殿下が――!」
 中庭では、とうとうあいつの死体が発見されていた。泣き崩れるメイドに、駆け付ける衛兵たち。

 バレたら死罪。
 心臓が暴れ馬のように跳ねまわり、手足ががたがたと震えている。バルコニーの手すりを握りしめ、俺は大きく息を吸った。 

「あ、ああああああ……! 助けてくれ、どうすればよいのだ! 誰か、医者を――! 余の身代わりが、落ちてしまった!!」


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