短編【OLとある休日】
小学三年 三月に 戻りたい。
そんなことを思った夕方。
なんだか力の入らない一日だった。
仕事にも身が入らず、寝て、本を読んで、ばかりの一日。
三十近くになっても、こんな日々は来る。
情けないと、いつもの布団に横になった。
いつも見ているはずの天井が、いつもより私に向かってくる。
目に入ったのは、小学生の頃に絵の県展で賞を取った賞状。
今はふつうのOLだ。
なぜあの時に、絵に志さなかったのか、志せなかったのか、ふと、その過去にも後悔した。
これは私が、学生の頃に唯一、取った特選という賞だった。
私の周りには、何を出しても特選を取る友達がたくさんいた。
そう考えると、私は昔からハイレベルなフィールドで、無我夢中に頑張ってきたのかもしれない。
そのフィールドから外れる、ということもできずに…
小さな頃から習っていた、母の知人がやっているという理由だけで通わされていた書では、いくらうまく書いて納得したものでも、県展に出したってこんな賞は取れなかった。
私に便乗し、後から書を習い始めた友達らは、次々と軽々と賞を取り、昇級を重ねていく。
その度に比べられる私は、次第にひねくれていくのだった。
私の味方は、いなかったのだから、仕方のないことである。
しかしそれが、絵では取れたのだ。
母には、「書では取れないのに」と言われた記憶がしている。
私はとても嬉しかったのだが、素直に喜べなかった温度が、残っている。
確か、小学生にありがちの壮大な地球・平和をテーマにした絵だった。
人の手を初めて描いた。手首のあたりをつかみあった二つの手。
今思えば、その頃から私は人の手が好きなのかもしれない。
今でもよく、手の写真を撮るからだ。
あれ、違ったか。
どこかの施設に行った職場体験での繊細な絵だったかもしれない…
記憶なんてこんなものだ。
いったい私はなんの記憶に固執していたのだろうか…
楽しくて描いた絵。
誰と比べるわけでもなく、ただ描いた絵。
出来上がりを比べると、もちろん周りには劣っていた。
そんな絵でも、評価されるという喜びを、この二十年程、忘れてしまっている。
いつから、こんなにも、つまらない芸術家になってきたのだろう、と思った。
今日見たこの額縁に入れられて何十年も時を止めたままの賞状は、私の湧き上がる喜びを、少しだけ思い出させてくれた。
「よし、さんぽに行こう。」
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