短編【帰り道】



今日も仕事を終えた。特に何があるわけでもあったわけでもなかったが、急いで帰って、早く一人になりたい、そんな気分だった。


そんなときに限って、やけに信号に止まる。いや、わたしの中で信号に止まった感覚が強く残っているだけなのかもしれない。
かかる時間も止まる回数も、普段と変わらないだろうから、これだけこの感覚になるということは、よっぽどたくさんの信号が不規則なリズムになったか、わたし自身がそうなのか、どちらかだろう。




信号によく止まったから、長年の愛着を含んだこの原付バイクの息を聞きながら、対向車線を走る車を眺めたりした。



やっぱりわたしはホンダのあの車が好きだ。
ホンダのあの車以外、車は要らないと思えるくらい、初めての自分の車はあの車にすると決めている。


ということもあって、いまだに原付きバイクだ。




だがしかし、世の車のデザインがホンダのあの車だけになってしまってはダメだ。あらゆる車があるからこそ、あの車が私の心の中に一際輝いて見えるのだ。あらゆる車があるからこそ、だ。ほんの「もののたとえ」というものだよ。
人間も同じだろうと、思った。





少し雨が降ってきた。
冷めてきたコーヒーのような生温い雨だ。



行き帰りに要する時間は、ほんの30分。
街を抜け、少し入り組んだところ、秋になると紅葉がとても美しい住宅街にわたしは住んでいる。



わたしは、誰かのために何かをしたいと思ったことがあるだろうか。何度目かに止まった信号で思った。


あると思うけれど、いざ改まると何も思い浮かばない…
なんだか悲しい気分になった。
常に自分のことばかりで、自分よがりな気がする。 




そんなことを考えている間にも、幾つものあの車とすれ違って、希望と悲しみと生温い雨を肌に染み込ませて、
見慣れた景色に、近づいてきた。


数メートル先にコンビニがあった。
そういえばわたしには妹がいて、妹はこのコンビニの坦々麺を絶賛している。
わたしも一度食べたことがあるが、なかなかの味だった。
わたしは雨が本降りになる前だから、と自分に言い聞かせてそのコンビニで坦々麺を二つ買った。



案の定、外に出るとコンビニの袋はベタベタになった。大粒の冷たい雨に変わっていて、わたしはなんだか嬉しかった。

誰かのためを思って何かをしたことがないとか、考えていたからだろう。無駄なものを買ってしまった。

しかし、わたしにはこれをする意味があるんだと思うことにした。



家に着くと妹は居なかったし、帰ってきてからもなんだか恥ずかしくてなかなか渡せなかった。

しばらくして、渡した。いつもありがとうという、気持ちを底の方に沈めて。





次の日からも、わたしのホンダのバイクだ。
つくづく縁のあるホンダのバイク。
どんなときも、わたしと道を走ってくれるホンダのバイク。


エンジンを鳴らして、今日の帰りは自分がどんな物思いにふけるのか、楽しみに思えた。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?