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エッセイ ナビの必要性

先日、大阪で友達2人と飲みにいくことになった。お店は私がネットで探した。できることならば、友人たちが”おっ”と思う所を選びたい。

(このスペイン料理どう?)

私たちはあと数年で50歳になる。6千円のお高いコースだが、自分がかつて想像した大人はこれくらい経験はしても良いだろうと思い、高級なお店を選んでみた。
はたして、友人たちは受け入れてくれるだろうか?お店の情報をLINEした。
(バスク料理なんて初めて~ いこいこ!)
(いいね! ここに決まり!)

ノリノリだ。合格点で嬉しい。まぁ、忙しい二人は探す手間が省けて喜んでいるだけかもしれないが。

地図を見るとそのお店は堂島のあたりで、梅田から少し歩くようだ。四ツ橋線の肥後橋からの方が近いようにも見える。でも、地下鉄代の節約に梅田から歩こうと思った。分かるようなわからない場所だが、まぁ当日にスマホに案内してもらえば良いかと正確な場所を把握することをやめた。

 当日、梅田でスマホのナビを開くと、徒歩10分と出た。食事の開始まではまだ30分以上ある。あまり早く着いても退屈だ。本屋で時間を潰すことにした。しかし、いつもだったらで面白そうな本に出会うのだが、その日に限っては私のセンサーが稼働していないのか、ピンとくる本には出会えなかった。結局つまらない時間を過ごした。

仕方なく店を出てナビをスタートさせた。ところがナビが迷い始めたのである。しばらくその辺を歩いてみたが、どんどん目的地から離れていくのだけが分かる。ナビが示す目的地までの線上に私を示す丸印は一向に乗ってくれない。
ナビの示す線上に乗りたくて、画面を凝視しながら歩き続けた。

そこへポツポツと雨が降り始めた。

日傘をさして何とか耐えたが、2分後ざっと滝のような雨が降り始めた。
日傘はあっという間に何の役にも立たなくなった。足元もびちょびちょになり、靴の中は水が溜まって、ぬるぬるしてとても不快だ。

いい店に入るような姿ではなくなってしまった。髪も湿気でもわもわになっているのが鏡を見なくても分かる。

ようやくナビに従って歩けるようになると、ナビが堂島川を渡るように指示をしてきた。そうか堂島か。もうそろそろ着くかなぁと思ったところ、再び川を渡れと言わのである。土佐堀川? 2本の川を渡るほど遠かっただろうか。少し心配になってくるが残り1分と出たので、あと少しだ、と自分を励ました。

そしてついにナビがついに到着の文字を出した。

目の前には、大正時代に建てられた重厚な三井住友銀行大阪本店がそびえ立っていた。
「三井住友銀行?!」

いつの間にか三井住友銀行に連れてこられたいた。
どうしてこんなことに、途方にくれた。
約束の時間まであと5分だ。もう間に合うわけがない。自分がどこへ向かうべきなのかもわからないし、雨も勢いが増してくる。友達には
(全然違うところに来てしまったみたい。先に始めといて)
とLINEをした。

約束の場所に遅刻する夢は何度も見たことがある。焦っても焦っても間に合わないのだ。これも夢なのだろうか?いや、残念ながら現実だ。悲しくなってきた。泣きたいのを我慢してもう一度ナビをセットし直した。地図でビルもちゃんと確認した。今度はナビはオフィス街へと案内し始めた。

ナビだけでは不安なので誰かに聞きたいのだが、平日だというのに人は誰も歩いておらず聞くこととすらできない。

心細いまま歩いていると、ビルの立体駐車場の前で椅子に座って、番をしている男の子がいた。背中を丸めて、スマホをいじってる。
この子に聞こうと思った。
まだ15、6歳だろうか。なぜこんなところで働いているのだろうか。親がおらず苦労して働いている少年のようにも見え、戦後のドラマでも見ている気持ちになった。冷たくあしらわれる覚悟で尋ねた。

「すみません。道を聞いてもいいですか」
男の子は顔上げた。まだあどけない顔をしている。
「いいですよ!」
椅子から立ち上がると、私を待っていたかのように尋ねたビルの方角を教えてくれた。

希望が見えた。
「ありがとうございます。また近くで誰かに聞きます」
と、男の子にお礼を言って歩き始めた。

もうナビには頼らない。

しかし、やはり誰も歩いていないのである。もう夜7時も過ぎているので、ビルの入り口のシャッターが降りているところも多い。歩いていると、あるビルの1階がガラス張りで、中の明かりが外へ漏れていた。ガラス越しに中を見ると、エントランスロビーで社員証を首から下げた女性2人が話し込んでいた。

マッチ売りの少女の話が頭に浮かんだ。
幸せそうに会話をしている2人をガラス越しに恨めしそうに見ているずぶ濡れの私。哀れだ。
でも。あの2人しかいない。不審に思われるかもしれないが、私はビルに入った。
「あのー」
と声をかけた。2人はぎょっとした顔をしたが、びちょびちょに濡れた私を哀れに思ったのか、スマホを取り出して、私が行きたい場所を検索してくれた。私もスマホを手に持っているが、それには触れないでいてくれた。
1人の女性が
「その店聞いたことある!」
と言った。ならば本当に近いということだ。
もう1人の女性はスマホと外を交互に見て
「あぁ近いよ。あ、あのビルの横!」
と発見してくれた。心の底から救われたように思った。
「ありがとうございます」
お礼を言って、ビルを出ようとした。すると、女性が
「いってらっしゃい!!!」
と大きな声で見送ってくれた。
私は振り返り、もう一度深々とおじぎをした。

 ついにオフィス街にスペイン料理の旗が見えた。あそこだ!勢いよくドア開けると友人2人が見えた。
「来れたーーーーー ごめんね。」
ずぶ濡れの姿で謝った。2人はいつも着飾っていてきれいだった。

「大丈夫?来れたね!」

遅いとは責めずにねぎらってくれた後、
「迷っちゃったの?」
と不思議そうな表情をしていた。

おしゃれな店らしく、植木鉢のようなお皿に、串に刺さった前菜が土に見立てた塩にささって出てきた。その後は3人で大いに食べ大いに話し、とても良い夜となった。

店を後にして、話しながら駅まで向かう途中、友達に聞かれた。
「どこで迷ったの?」
私にもよくわからなくて答えられなかった。
「もうー 聞かないで」
と笑うと、友達は
「スマホがあっても迷うことってあるんだねー」
と不思議そうだった。

なぜか、スマホが三井住友銀行に連れて行ったんだよなぁと内心思った。あの少年と女性たちがいなければ、きっと辿り着けなっただろう。
もう会うことは無いあの人たちを、ふとした時に思い出す。

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