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【エッセイ】めがねの男

去年の冬、一人暮らしをしている義母の元を夫と二人で尋ねた。

寒い家でストーブをつけずに過ごしていないか心配だ。
夫が
「灯油はまだある?」と尋ねた。
「あるよ」と義母が答える。
夫が灯油のポリタンクをひょいっと持ち上げた。
中身は空だった。
夫は電話で灯油の配達を依頼した。

しばらくすると、灯油配達のトラックが到着し、運転席からめがねをかけた男性が降りてきた。
不愛想な人だ。
慣れているせいもあるのか、何も言わずにポリタンクの所に行きトラックから引いたホースで灯油を注ぎ始めた。
灯油を注ぐところを、三人で無言で見守った。

注ぎ終わると、伝票を書き、夫に渡してトラックへ戻っていった。

しかし、しばらくすると戻ってきた。
「めがね置いてませんでしたか」とめがねをかけた男性が言う。

老眼鏡だろうか? 運転用の眼鏡だろうか?

皆で辺りを探したが見つからない。

すると、義母が
「それ、ちゃうの?」

と男性の顔を指して言う。

「お義母さん、それじゃなくて、」

と言いかけたところに

男性が

「ほんまや、かけてたわ!」

と言った。

まさか、めがねをかけたまま、(頭にのせているとかではなく)めがねを探していたとは。

皆で大笑いした。男性も笑っていた。やさしそうな人だった。
めがねが運んでくれた笑いだ。

そして、義母が正しかった。
「あんな人、前にもおってん」と義母は笑っていた。


読んでいただきありがとうございます!一緒に様々なことを考えていきましょう!