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建築デザイン業界におけるDXを推進する画期的なアプリの登場と、優れたUIについて知的財産権とりわけ画像意匠の意匠権による保護方法の検討

最近、建築デザイン業界では「Pic Archi(ピックアーキ)」という建材・家具アプリが話題になっているようです。先日、Pic Archi開発のきっかけや狙いを語るというWEBセミナー「Alibaba Cloud Users Voice:なぜ設計事務所が画像検索?大手設計事務所 梓設計はどうやってDXを推進できたのか?」を視聴しましたのでレポートするとともに、このアプリのサービスを知財権でどのように保護するかについて検討してみたいと思います。登壇者は、株式会社梓設計 AXチーム コンピュテーショナルデザイナー 一級建築士の渡邊圭氏です。

1.梓設計および渡邊氏の紹介

梓設計は昭和21年に創立した老舗の設計事務所であり、現在は社員数は約600名と設計事務所の中では大規模の部類に入る。元々は空港の設計からはじまり、今は交通インフラ、スポーツ・エンターテインメント、都市・商業、ヘルスケア、ワークプレイス、物流・生活インフラと6つのドメインで設計業務を行っている。民間から官公庁まで幅広いクライアントから設計の仕事を請け負っている。
渡邊氏は不動産デベロッパーを経て2018年梓設計に入社した。氏は一級建築士であるとともにコンピュテーショナルデザイナーでもある。コンピュテーショナルデザインとは聞きなれない言葉であるが、データをもとにアルゴリズムやシミュレーションを使って建築物をデザインする手法でして、膨大な量の検討を短時間かつ正確に行うことができる。建築物は複合的な要素が多いが、データを紐解いていくといろいろ発見があって面白いとのこと。

2.アプリ「Pic Archi」を作った背景

最初のきっかけは、梓設計が2019年8月にオフィスを天王洲アイルから羽田に移転したことである。天王洲アイルでは4つのフロアに分かれていたが、移転先の羽田のオフィスは元々は倉庫として使われていたので天井が高く、また1フロアが5300㎡と広大であった。
オフィス移転にあたって、オフィスをショールーム化すべく、最新のテクノロジーを駆使して最先端の取り組みをいろいろ導入した。この際に、渡邊氏はカーペットを自動配置するプログラムを開発した。具体的には、カーペットの品番が分からないときに、スマホのカメラをかざしただけで品番を見分けられるようにするという社内用のアプリのプロトタイプを渡邊氏は2カ月で作った。梓設計は設計事務所なので専任のプログラマーは社内にいなかったが、当時多少プログラミングに慣れていた渡辺氏が自分で勉強してプロトタイプのアプリを自ら作成したとのことである。
学習データさえあれば、AIを活用して似ている商品を検索し、候補を出すことができる。しかし、1商品あたり数百枚の写真が必要であり、商品が増えるたびに学習させなければならないので、家財の点数が何百、何千となると現実的ではないと渡邊氏は思い、SB Cloudからアリババグループの「image search」を紹介してもらった。

3.アプリ「Pic Archi」の内容

「Pic Archi」のコンセプトは、「これ、いいね!その直感を集めよう」である。

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(https://picarchi.azusasekkei.co.jp/lp/ より)

気になる家具や建材をスマホで撮影すれば、建材の品番等の詳細な情報を教えてくれるようにすることで、デザイナーがカタログやサンプルを常に持っていなくても、目の前にある家具や建材の情報が分かるようになる。また、BIM(Building Information Modeling)にアクセスすることで、検索で得られた情報を設計モデルに反映させることができるようになる。
このアプリを使用する際の3つのステップは以下の通りである。

①スマホのアプリを起動して、撮影できるようになる。
②アプリで写真を撮るとimage searchにより写真の建材や家具に似ている3つの候補を表示し、その際に類似度をパーセンテージで表示する。
③ユーザが3つの候補から選択すると、選択された建材や家具の情報をお気に入りにストックすることにより、自分だけの素材図鑑を作ることができる。また、建材や家具の情報をストックする際に位置情報も紐づけることができる。

このアプリは、基本的には建物を設計したりインテリアをデザインしたりする人向けとのことである。
こだわりポイントとしては、単に一番似ている建材や家具が表示されるのではなく、3つの候補が表示されることにより、デザイナーにとってはこの3つの候補の中から自分の感性で選択するという所作が快感だそうである。これにより、従来はデザイナーはカタログ、サンプルリストなどアナログな手法で情報を探していたのが、このアプリによりそのような手間から解放されるようになるようである。

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(https://picarchi.azusasekkei.co.jp/lp/ より)

4.画像検索エンジン「image search」について

「image search」は、中国のアリババグループが独自に開発した画像検索エンジンであり、撮影した写真や保存した画像などから同一商品や類似商品を画像検索できる。中国では天猫(Tmall)やタオバオなどのECで使われている。導入企業は個別に機械学習を行う必要がないため、既存のECでも簡単に導入できるようである。「image search」の特徴として、画像検索制度が高く、大量の検索対象があっても高速なレスポンスが可能とのことである。

5.image searchを使ってどのようにアプリ「Pic Archi」を開発したか

まず、建材・家具メーカーに建材や家具の画像データとCSVデータを用意してもらい、これらのデータを管理画面でアップロードしてもらう。このことにより、建材や家具の情報がOSSというストレージサービスに保存される。そして、OSSに保存された画像をimage searchにアップロードする。
ユーザはPic Archiのアプリで写真を撮ると、撮影された写真の情報がimage searchに送信され、image searchでは送られた写真に類似する画像を検索する。そして、類似する画像について、OSSからユーザのスマホに建材や家具のメーカー名や品番等の情報が送信される。このことにより、ユーザは建材や家具の情報を瞬時に知ることができる。

6.渡邊氏の今後の展望

アプリ「Pic Archi」は設計事務所として初めての試みだったので、今はシンプルな態様だが、将来はDIMとの連携を強化して、類似していると検索された建材や家具をDIMに埋め込むことができたら便利になると考えているす。また、ユーザーが撮影した写真の情報を集めて、ビッグデータを活用してどのような建材や家具が気に入られているかトレンドを可視化し、それを商品のレコメンドに使いたい。また、建材や家具の種類もこれからどんどん増えるので画像認識精度の向上を目指したい。更に、ARを使って仮想空間で自由にデザインできるようにし、仮想空間内で商品比較を行うことができるとデザイナーにとってのイメージの幅が広がるのでチャレンジしたい。

7.アプリ「Pic Archi」を実際にダウンロードして使ってみた

アプリ「Pic Archi」はApp StoreおよびGoogle Playで無料で手に入れるので、実際にダウンロードして使ってみた。まずは、アプリを起動すると、対象物の撮影画面が表示される。

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初期画面では建材、家具の「全て」が検索対象であるが、画面上方の「建材」または「家具」をタップすると、検索対象を建材または家具に絞ることができる。また、画面左上の「条件で探す」をタップすると、メーカー名、値段、作成年代の条件検索を行うことができる。
建材や家具を画面に写した状態で画面下方の○ボタンを押すと、撮影した画像に類似する上位3つの建材や家具の候補の種類および価格が画面に表示される。その際に、マッチ率も数値で表示されるところが興味深い。

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この選択画面で3つの中から1つを選択すると、建材や家具の詳細情報が表示される。また、外面下方にある「カタログサイト」をタップすると、実際のメーカーのカタログのサイトに移動することができる。

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更に、右下に表示されるハートマークをタップすると、この建材や家具をお気に入りに入れることができる。

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使ってみての感想は、「Pic Archi」のアプリはUIが非常に優れており、対象物の撮影から検索画面の表示、お気に入りへの保存まで、初めて使った場合でもサクサクと作業を進めることができた。近年はスマホアプリでも機能だけではなくUIが非常に重要になってきているが、「Pic Archi」のアプリは使い勝手の良さも十分に考えられていると思う。

8.アプリ「Pic Archi」を知的財産権でどのように保護するか

せっかくなので、アプリ「Pic Archi」が知的財産権でどのように保護されているか調査してみた。

(a)まず、商標登録について調べたところ、既に株式会社梓設計によって文字商標「Pic Archi」が登録されていた(登録番号:第6258642号)。区分は9類(電気通信機械器具,電子計算機用プログラム)、35類(広告,広告物のレイアウト,電気機械器具類の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供)、42類(電子計算機のプログラムの設計・作成又は保守,電子計算機の貸与,電子計算機用プログラムの提供,デザインの考案,販売促進用材料のグラフィックデザインの考案)である。

なお、商標法によりアプリ「Pic Archi」を保護する追加の方法として、このアプリのアイコン画像も商標登録出願しておく方法が考えられる。

(b)特許出願については、株式会社梓設計は今まで29件の特許出願を行っているが、照明装置や音響反射装置などハードウェアがほとんどでありソフトウェアについては公開公報はなかった。アプリの開発が昨年秋、リリースが今年春なので、特許は出願されてから1年半が経過しないと公開されないことを考えると、アプリ「Pic Archi」の技術について特許出願が行われていたとしても公開されていないのは当然といえば当然である。ただ、最近はAI関連技術の特許出願が増えているので、他社にアプリの内容を模倣されないようにするためにも新しいアプリを開発したら特許出願を行っておくことがセオリーかと思う。

(c)せっかく4月に意匠法改正が行われて画像意匠についても保護範囲が広がったので、アプリ「Pic Archi」について画像意匠を意匠権で保護することができないか考えてみた。もちろん、法改正前のように物品の部分としての画像でも保護可能であるが、せっかくなので画像意匠での出願方法を検討してみたい。

令和2年4月に施行された改正意匠法では、意匠法による保護の対象となる画像を、機器の操作の用に供されるもの又は機器がその機能を発揮した結果として表示されるものに限ると定義している。  このため、意匠法上の意匠と判断されるためには、画像が以下の(ア)または(イ)の少なくともいずれか一方に該当しなければならない。
(ア)機器の操作の用に供される画像(操作画像)
(イ)機器がその機能を発揮した結果として表示される画像(表示画像)

「Pic Archi」のアプリの画像についてこの条件を当てはめてみると、アプリ起動時の撮影画面は(ア)機器の操作(具体的には、撮影操作)の用に供される画像(操作画像)であると考えられる。一方、対象物の撮影後に表示される3つの建材や家具の選択画面は(イ)機器がその機能を発揮した結果として表示される画像(表示画像)である。
さらに、「Pic Archi」のアプリのアイコンも新規なデザインであるが、アイコン画像については意匠法改正前でも物品の部分として保護可能であったところ、今回の意匠法改正により物品から離れた画像自体としてアイコンを意匠権で保護することが可能となった。
このため、「Pic Archi」のアプリについて画像意匠の意匠権で保護するのであれば、①アプリ起動時の撮影画面である操作画像、②操作後に表示される3つの建材や家具の表示画像、③アイコン画像の3つの意匠登録出願を行う方法が考えられる。
それぞれの願書の記載方法について検討してみたい。

①アプリ起動時の撮影画面である操作画像については、一番広い権利範囲としては、撮影範囲を示す中央の正方形の四隅を示す線、および撮影ボタンの○のみの画像が考えられる。この場合の意匠登録出願の願書の書き方は例えば以下のようになる。

【意匠に係る物品】撮像用画像
【意匠に係る物品の説明】本件出願に係る画像は、カメラ等により撮像を行う際に使用される撮像用画像である。画像図は撮像用画像であって、正円で示される領域がタップされると、4つの略L形状の線分を四隅とする四角形の範囲内の画像が保存される。
【意匠の説明】破線で示した部分以外の部分が、部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である。
【画像図】

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しかしながら、このような画像はあまりにシンプルであるため特許庁により審査されたときに創作非容易性が認められない可能性もある。このため、画像において画面上部にある虫眼鏡のマークを追加した以下の形で出願しておくほうが登録される創作非容易性が認められる可能性が高いと考えられる。また、この際に、本意匠として検索対象を「全体」とするときの画面について出願し、合わせて検索対象を「建材のみ」「家具のみ」とするときの画像を関連意匠として出願しておくことにより、幅広い権利範囲について意匠権を取得することができる可能性がある。具体的には、関連意匠1や関連意匠2で追加された建材や家具以外のマークが虫眼鏡に追加されるような画像でも類似の範囲として保護することができる可能性がある。

【本意匠】

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【関連意匠1】

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【関連意匠2】

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②操作後に表示される3つの建材や家具の表示画像については、適合率のパーセンテージを示す部分に特徴があるため、この部分について権利化を図りたい。この際に、3つのパーセンテージの表示のみを部分意匠で保護するという方法が考えられる。このことにより、3つのパーセンテージ表示以外の画面が異なる場合でも、意匠権で保護できる可能性がある。この場合の意匠登録出願の願書の書き方は例えば以下のようになる。
また、資金に余力があれば、2つの円グラフや4つの円グラフが表示される画像を関連意匠で出願しておくことにより、候補の数を3つに限定しないようにする方法も考えられる。

【意匠に係る物品】情報表示用画像
【意匠に係る物品の説明】本件出願に係る画像は、カメラ等により撮像された画像と、予め保存されている画像のうち3つの類似する候補との類似度を円グラフで表示する情報表示用画像である。
【意匠の説明】一点鎖線は部分意匠として意匠登録を受けようとする部分とその他の部分との境界のみを示す線である。黄色で着色された部分以外の部分が、部分意匠として意匠登録を受けようとする部分である。
【画像図】

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③今回の意匠法改正により物品から離れた画像自体としてアイコンを意匠権で保護することが可能となったため、「Pic Archi」のアプリのアイコン画像についても意匠登録出願しておくことによりこのアイコン画像が模倣されてしまうことを防止することができる。
アイコン画像の意匠登録出願の願書の書き方は例えば以下のようになる。

【意匠に係る物品】アイコン用画像
【意匠に係る物品の説明】本件出願に係る画像は、タップされると家具や建材の検索機能を起動させるための操作ボタンとしてのアイコン用画像である。
【画像図】

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9.まとめ

ここ数年、スマートフォンのシェアが爆発的に増えたことにより様々なアプリが開発され、ユーザーにとって身近なものになっているが、画像意匠の保護についてはアプリの開発会社にとってそれほど重要視されてこなかった。しかしながら、令和2年4月に意匠法が改正されて画像意匠自体についても出願可能となったように、近年はデザインの保護についても注目を浴びるようになっている。アプリ開発メーカーにとっても、従来のような商標権による保護だけではなく、画像意匠についての意匠権による保護もこれからは検討すべき事項になると思う。また、各社が画像意匠について意匠登録出願を行うようになると、アプリをリリースするときに他社の意匠権を侵害していないかクリアランス調査を行うことも大切になってくるであろう。

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