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桜を軸に

水源純です。
住まいの近くは、桜も終盤です。今日もはらはらと舞っていました。

わたしは、20歳のときに五行歌を書き始めたので、25年の年月が経っているわけですが、この季節には、どうしてだか「桜」を題材に歌を書いているものです。

短歌の歴史も含めれば、桜のうたは大昔からあったわけですから、何もわざわざ今のわたしが書かなくても、という思いもなくはない。けれど、それでも、自分にしか書けない桜のうたもあろうと、凝りもせず毎年挑むわけです。

四半世紀書いてきたので、ちょっと振り返ってみようと思いました。
桜を軸に。(先に言いますが結論はありません。垂れ流しです)

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21歳のころの歌。第一歌集『この鳩尾へ』に収録。
夜桜を詠んでやろうという力みも感じられます。若かったので。

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24歳のころ。第二歌集『ほんとう』に収録。
恋をして自然に詠えるようになっていたころ。

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出産する直前の歌。
桜並木を歩きながら、胎児だった息子に向けての愛のうた。

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31歳ころ。第三歌集『しかくいボール』収録。
専業主婦を三年やって飽きてきたころ、仕事復帰の話が出て、子育てと仕事で忙しかったのでしょう。花見とかしている余裕もなかったのかもしれない。キッチンで、生協で買った春キャベツを料理しはじめて、みつけたはなびら。知らない土地の(確か長野産だった)キャベツ畑の桜ふぶきを見たのでした。

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息子が小学校に入学した年のさくらの歌。『しかくいボール収録』
このころはもうすっかりママです。

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38歳くらいのうた。脱・子育て歌! を頑張っていたころ。頑張らなくてもよかったのにね。このころ、けっこう周りの人に「息子の歌一色だね」と言われて、気にしていたのでしょう。当時のわたしに、そんなこと気にするなって言ってあげたい。

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43歳。息子が義務教育を終えた春。
仕事帰りに市ヶ谷の外堀沿いの桜を見ながら。たまたま隣に息子がいたけれど、彼は彼で写真を撮っていたし、わたしは心置きなくひとりで桜に投身できるほど、わたしを取り戻していた。

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そして今年。実際には桜の咲き始めるまえに書いたもの。
結局、好きなんだろう。ソメイヨシノが。

下三つは第四歌集に収録できたらいいなと思います。
最後まで読んでくださりありがとうございました。


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