スラップ訴訟にうちかつ秘訣~シンガポールという国の裁判所で考えたこと

弁護士だったリー・クアンユー

 シンガポール建国の父、リー・クアンユーは本人も夫人も弟も弁護士という弁護士一家の長でもあって、政敵を名誉棄損で訴えて叩き潰すことでも恐れられていました。恫喝を目的に謝罪とともに高額な賠償金を請求するいわゆる「スラップ訴訟」です。

 英語で書くとSLAPP、つまりstrategic lawsuit against public participationの略ということです。

 私が日本経済新聞シンガポール支局長として同国に赴任した翌年、1994年には新聞のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙もリー氏とその長男、リー・シェンロン副首相(現・首相)から名誉棄損で訴えられました。

 リー・クアンユー氏が首相退任後も実力者として君臨し、長男シェンロン氏も親の贔屓で要職についているとして、同紙のコラムが「リー・ダイナスティ(李王朝)」と揶揄したのです。

ヘラ・トリ(IHT)紙を名誉棄損で告訴

 新聞記事の内容についての裁判なので、他人事とは思えませんでした。私は日本でも行ったことのない裁判所に足を運び、リー親子とIHTつまりヘラ・トリ紙の裁判をじっくり傍聴しました。

 コラムニストの寄稿を掲載した経緯をシンガポールに駐在するIHTアジア版編集長が問われ、パリからは発行人も呼び出されていました。英国風にカツラを被った裁判官に促されて発言する2人は緊張で顔面蒼白です。

 裁判という「面倒なこと」と嫌がる日本の新聞社の体質を知る身からすれば、名誉棄損を争う法廷に発行人が呼び出されるという現実を目撃しただけでも憂鬱な気持ちになったことを思い出します。

 日本のメディアは案外、言論の自由、表現の自由を守るという点では弱腰ですから、タブーに触れそうになると、その前にブレーキがかかります。私が所属した日経新聞だったら、「裁判を起こされそうな取材はするな」「危なっかしい橋を渡るな」というだろうなと思ったのです。

 シンガポール証券取引所は「日経225」という日経が開発した株式先物インデックスも上場してくれている上得意客でした。日経が開催準備を進めていた国際会議「アジアの未来」にリー・クアンユー上級相かゴー・チョクトン首相に必ず出席してもらわなければならないというある種の「弱み」もありました。

 四半世紀以上たったいまもその事情に大して変化はありません。本人の意思とは無関係に「借り」を背負わされている日経の現地記者たちは、よほどの努力をしない限り、思ったことをストレートに書くことは難しいのです。

将来にわたって高額賠償責任

 シンガポールの裁判所はリー親子の訴え通り名誉棄損を認定し、IHT側が謝罪しました。当時、和解のためにIHT側が賠償金を払ったかどうか忘れてしまいましたが、IHTは将来にあわった息子シェンロン氏がコネで昇進したかのような記事を書かないことと約束させられていたようです。

 発行元のニューヨーク・タイムズ紙はそれから16年もたった2010年に16万シンガポールドル(約1000万円)の賠償金を支払う羽目になりました。同じコラムニストが同じような記事を書き、IHTの発行元である米ニューヨーク・タイムズが電子版に記事を掲載したことが94年の合意に違反すると認定されたのです。

 あとあとまで表現の自由が制約され、高額な賠償責任も約束させられる名誉棄損訴訟の怖さです。

 しかし、裁判を傍聴してみて、私は、スラップ訴訟を必要以上に恐れる必要はないとも感じました。問われるのは主張の内容そのものではなく、その主張を裏付ける証拠だったからです。

 IHT側が法廷で示す証拠をみてわかったことですが、コラムニストの記事の内容は、他人の書いた記事や著作物の情報に依拠していて、他人の記事の内容を検証、確認するというプロセスを経ていませんでした。まして、自分自身で取材した情報などありません。極論すれば、噂や伝聞をもとにして他人を論評するようなものだったのです。

 事実と伝聞、噂を峻別して、記事は確かな証拠に基づいて書くこと。疑念を表明するときもその根拠をはっきりと示して相手に問うこと。私は、裁判の様子を聞きながら、そうした原則さえ守っていれば、言論統制のある国でも軍事機密、民族・宗教問題などよほど機微な問題を扱うとき以外は、制約を感じずに記者として活動できると思いました。

「事実」と「証拠」に基づく報道

 世界中で最も「クリーン」な政府といわれたシンガポールにも汚職はありました。PUB、電力公社とでも呼ばばいいのでしょうか、国営電力会社のトップが独Siemensや日本の丸紅から賄賂をもらって訴追されたケースがありました。

 私以外、日本の特派員は取材すらしませんでしたが、丸紅を5年間、公共調達市場から排除したことなどを商工大臣に聞き出す取材も自由にできました。情報源にアクセスできる機会は、東京にいる外国人記者よりはるかに恵まれていたのではないでしょうか。

 リー・シェンロン氏はその後、首相となり、申し分のない仕事をして高い評価を受けています。私自身、シンガポールでインタビューや国際会議、独立記念日セレモニーなどで頻繁に会う機会がありました。

 留学時代の親友の話なども聞いて、彼はリーダーにふさわしい教育を受け、国軍勤務を含めて経験を積んでいると思いました。

 当時、シンガポール・テレコムの社長をしていた彼の弟のリー・シェンヤンにも取材で頻繁に会っていましたが、兄弟でも育てられ方が全く違うことを感じました。兄シェンロン氏は子供の頃から父クアンユー氏の街頭演説の場に同行し、民族主義、共産主義の嵐も吹く中、在野の帝王学を学ばされていたのです。

 シェンロン氏に実際にあって話をしてみたり、プライベートなことまで知る親友たちから人物像を聞き出したりしていると、親のコネで出世したと揶揄することはあまり適切ではないと思うでしょう。

 スラップ訴訟などこの世の中に存在しない方がいいに決まっています。恫喝には懲罰を与えていいくらいだと思います。

 しかし、事実と証拠に基づいて報道する限り、スラップ訴訟など怖くありません。スラップ訴訟を蹴散らし、表現の自由を守ることはできます。

 たとえ地味で時間がかかろうとも、事実を丹念に確認し、できるだけ論評を控えて読者に提示し、その意味を考えてもらうような報道の仕方を心がければいいのです。

 フリーランスになったいまもそのように考えて仕事をしています。たとえ、このnoteのように備忘録の域を出ない文章であってもそのように気を配っているつもりです。

新聞社内でもスラップ訴訟

 新聞社が自ら言論を封じ込めることもままあります。

 私は報道することさえ恥ずかしい日経社内の不祥事を発見し、その調査に関わったこともあります。今世紀のはじめ、日経が手形詐欺にあって巨額の損失を出した子会社ティーシーワークスの不正経理事件です。

 日経では、その不正を知って社長の退陣を迫った先輩社員を懲戒解雇し、名誉棄損で訴えるという事件も起きてしまいました。いわば「社内言論弾圧」です。

 先輩記者は当時の社長の女性問題なども解任理由に挙げていましたから、会社が名誉棄損で訴えたくなる気持ちもわからなくもありません。しかし、同じ新聞社で働く者同士ならとことん話し合って、解決して欲しいと思ったものです。

 直前には、当時の社長が自民党有力者に入れ知恵した景気対策を、その経緯を知らない論説委員が社説でこき下ろし、政治家から苦情を言われた社長が論説委員を解任して、閑職に追いやった事件もありました。

 この論説委員も私が入社した時からの職場の先輩で、政府税制調査会委員も務めた財政政策のエキスパートでした。

 そうした事件がいくつか重なって、日経社内はかつてのような談論風発の趣を失い、まるで旧共産圏のような密告とゴマスリが蔓延る組織になったような気がします。

 株主は社員しかおらず、その株主が沈黙しては経営をチェックできないというのに、日経では労働組合の委員長さえも、官邸の首相記者会見のような馴れ合い質問しかしません。そしてそういう慣行に誰もはっきり「NO」といわない活力を失った組織になってしまったのです。

 関係者は毎年次々に退いていき、不正経理の調査が甘すぎて損失を拡大させたことを知るのは、法務担当だった喜多恒雄会長と私くらいしかいなくなっていました。

 したがって不正経理事件の後始末やら、英フィナンシャル・タイムズ買収資金為替ヘッジの不手際、社長へのゴマスリと部下へのパワハラで昇進した取締役を抜擢した理由等々、経営陣に質問するのは私のほか誰もいませんでした。

 そんな風なことをやっていると、心無い役員から取材や執筆活動を妨害されかかかったことはありましたが、コンプライアンス部門に訴えて、役員のつまらぬたくらみをつぶしたことがあります。

 ふだんから事実と証拠を集めておくことは自分の身を守ることになるのです。それはジャーナリストとして活動していく上で、イロハのイ、最も基本的な動作なのだと思います。

ピースワンコもスラップ訴訟

 シンガポールのことを思い出したのは、先週、若い友人、三菱総研研究員の土谷和之さんが亡くなり、彼がNPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ、大西健丞代表理事)に名誉棄損で訴えられた経緯を調べていたからです。私はこれもスラップ訴訟ではないかと思いました。

 PWJ/ピースワンコが土谷さんのコメントを名誉毀損だとする理由がどこにあるのか、まったく理解できません。土谷さんは、冷静沈着で礼儀正しい人です。文章もそのまま、感情を抑え、疑問に思うことをその根拠を明らかにしつつ書いて、ピースワンコに説明を求めているだけです。

 私は以前、PWJに雇われた広報コンサルタントが知り合いの東京新聞社会部長に依頼して、東京新聞の夕刊1面などを使ってピースワンコを賞賛する大きな記事を掲載してもらったケースを検証したことがあります。

 保護犬の引き取り状況を含めて記事にはいくつもの重大な間違いがあったのですが、ピースワンコも東京新聞も間違えたままウェブサイトに掲載し続けていました。私が今年2月に検証し、記事掲載から8カ月経過後にようやく「訂正」を載せ、記事も修正しました。

 両者とも記事が正しいかどうかには無頓着で、単に見出しが好意的かどうかにしか興味がないのだろうと思ったものです。そんなPWJが土谷氏の投稿を裁判に訴えたのですから、嫌な相手を叩くためなら訴える理由はどんな些細なことでも構わなかったのでしょう。

 しかし、そんな粗さがしをして、裁判官の手を煩わせて、ピースワンコの支援者たちは喜ぶのでしょうか?

 PWJの理事の中には、ワンコ担当を自認する渋谷健司・英キングス・カレッジ・ロンドン教授(公衆衛生研究所長)も名を連ねているようです。彼はこんな裁判を起こすことを理事会で認めたのでしょうか?

 土谷さんが求めたように、ピースワンコの業務に関して説明責任を果たすのか、相手を威圧するような名誉棄損裁判を続けていくのか、PWJの理事たちはしっかり議論して欲しいと思います。それはピースワンコの名誉にもかかわることだろうと思います。

 土谷さんは研究者らしく、証拠や論拠を一つずつ丁寧に示しながらPWJの保護犬事業(ピースワンコ)のあり方に疑念を表明していました。前の投稿でも紹介しましたが、追悼アカウントに保存されている彼の投稿を見ればそれは明らかです。

 PWJ代表理事の大西健丞氏は、ピースワンコの不都合な真実を炙り出す、頭脳明晰な土谷さんの指摘が疎ましかったのでしょうね。

 土谷さんは、リー親子に敗れたIHT、ヘラトリ紙のような立場にはならないと私は確信していました。生きていれば、彼は勝訴し、PWJによる嫌がらせから解放される喜びを味わえたことでしょう。

 そう思うと、早過ぎる死が残念で残念でなりません。非道とも思えるこの裁判、PWJ/ピースワンコはまだ続ける気なのでしょうか?


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