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「金銭的にみて」誰が得をし、損をしたのか~太平洋クロマグロ漁獲枠の配分に監視が必要②


 前回、太平洋クロマグロの漁獲量配分について漁業者らと話し合いを始めるにあたって「水産庁は準備不足だ」と書きました。役所が持つ情報量と漁業者が持つ情報量に大きな格差があります。役所はクロマグロをめぐる諸事情について的確に判断できる情報をもっとたくさん用意して、公開する必要があるのに、十分に行われていません。

「現場の負担の重さ」めぐる議論が空回り

 例えば、針や網にかかったクロマグロを漁獲せずに放流する実態に関する情報です。

 現在の漁獲制限のもとでは、1本のクロマグロを出荷するのに20本ものクロマグロを海に戻しているという漁業者も大勢います。

 年間2千トン、3千トン規模で定置網にかかったクロマグロを逃がしている漁協もあります。

 その放流の状況を漁業者は報告しているのに、受け取った水産庁は集計も分析も行っていません。漁業者ごとに放流データのつかみ方が不ぞろいで、集計しても行政実務上は役にたたず、研究者が書く科学論文にも引用できないからでしょう。放流の定義を明確にし、集計法を統一すればいいのに、それをやろうとする人もいません。

 漁獲枠の配分にあたって、放流量が多いところほど増枠を大きくしてほしい、というのは当然の感情として出てくるわけですが、水産庁がデータを整えて、利用しようとしないので比較できません。だから資源管理の作業的な負担をめぐる漁業者との議論はいつも空回しります。

科学研究でも外国便乗でお茶濁す


 実は、世界中の太平洋クロマグロの資源研究者たちの間では「放流」が資源にどんな悪影響を与えているかが重要な研究テーマになってきています。漁獲制限が始まったからこそ生まれてきた未知の研究分野で、好奇心旺盛な人たちを刺激しています。

 漁業現場からのデータを最も簡単に受け取れるはずなのに日本の研究者は生のデータを受け取ることに関心がありません。米国の研究成果などを参考にした机上の推計作業でお茶を濁しているのが実情です。研究の面でも日本はそのうち注目されなくなってしまうでしょう。

 行政、研究の実情を知れば知るほど、彼らに振り回される立場の漁業者たちが気の毒に思えてきます。

「罪の意識」を捨てるときが来た

 「漁獲配分をどのくらい増やして欲しいか」と問われても、大型魚の増枠は50%、小型魚は10%とだけ知らされているのですから、「いまの10倍欲しい」「20倍にしてくれないか」と答える漁業者はまずいないでしょう。日本の漁業者は謙虚だし、規制開始以来、みんなで我慢する必要があると言われ続けてきたので、いまごろ水産庁に「欲しいだけ数量を言ってみてください」と問いかけられても戸惑っている人が多いのです。

 もういい加減、国が漁業者全員にこうした「罪の意識」を刷り込むことは止めるべきだと感じます。今後も再発防止のため「罪の意識」を持ち続けるべきは、米国が繰り返し注意喚起するように1990年代に小型魚を乱獲して、資源量を大幅に減らす原因を作った大中型まき網漁業者くらいでいいはずです。

 我慢して得られた成果を優先して受け取ることができるのは都道府県枠の沿岸漁業者だと思います。そして、大臣枠なら近海はえ縄漁業者でしょう。特に零細漁業者が多い沿岸の釣り漁業の場合、「50%増」という平均的な増枠にとらわれず、地域によっては2倍でも10倍でも要求していいのではないかと私は思います。

漁業部門ごとに「損得」をデータで示せ

 私は8月21日に開催された東京でのブロック説明会でも要望したのですが、太平洋クロマグロの漁獲規制が始まって以来、クロマグロの生産額(出荷額)がどのような推移をたどっているのか、水産庁は漁業の種類別に数字で示す必要があると思います。

 中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)が太平洋クロマグロの漁獲量全体を決めるのは、国境を越えて回遊するクロマグロの資源をどのようにしたら増大させられるかという科学的な分析がもとになります。科学の役割はそこまでです。

 他方、国ごとの配分やその国の中での漁業者への配分は経済問題そのものです。例えば、米国が国別の漁獲量配分にあたって、太平洋の東側に手厚く、西側を抑え気味にと主張するのは、過去に日本の大中型まき網漁船が日本周辺で小型魚を乱獲してクロマグロ資源を危機に陥れた、漁獲しにくくなったという責任を問うているからです。日本に責任があるのだから漁獲量を西から東に移せ、という調整を行っているのです。

 国内での配分も同様です。漁獲制限のもとでいったい、漁業者の収入にはどんな変化が生じたのか、数字で検証する必要があるのではないでしょうか?

大中型まき網は規制でもうかったのではないか?

 大中型まき網漁業者は小型魚の漁獲量を半分に減らしても逆に増収になった可能性があります。なぜなら、二束三文の値段でしか売れなかった鮮度の悪い小型魚の漁獲を減らし、生きた状態で採捕し、養殖用の種苗として高値で販売する漁獲方法に転換したからです。1キログラムあたりの単価は控えめにみても数倍になっていることでしょう。養殖用の種苗は沿岸のひき縄漁業者が開拓した市場でしたが、まき網漁船からの種苗のシェアが急激に上昇しました。

 もとから養殖種苗用も手掛けていた沿岸漁業者にとって、クロマグロの漁獲量削減はそのまま減収でしかありません。漁業では生活が成り立たないとして沿岸漁業者の引退、廃業が続いています。

 定置網などクロマグロを逃がすため本来目的とする他の魚類も取り逃がしてしまうことになっているわけで、そうした枠の配分を決める前に増収、減収の状況をデータで示し、「負担」が特定の漁業者、地域に偏っていないか検証する必要があります。

 資源回復に伴って漁獲制限を緩くするなら、資源悪化に対する責任はさほどないのに負担が大きいというところから実施していくべきです。

 「まき網漁船と意見交換をしたら、2023年は過去最高の漁獲金額を記録したと自慢をしていた。腹が立って仕方がなかった」(長崎県の漁協組合長)

若い漁業者たちに夢を与えよう

 繰り返しになりますが、クロマグロ漁獲枠の配分問題を議論するにあたって、水産庁は都道府県とも連携して、漁業収入のうちクロマグロに関わる収入の状況を漁業種類ごとに分析して、漁業者や一般の声にも耳を傾けるべきだと思います。水産政策審議会の資源管理分科会くろまぐろ部会にも、「経済」の視点で配分問題を整理し、議論できる専門家が参加すべきでしょう。

 太平洋クロマグロの資源回復が順調に進んで、大型魚の増枠が前回2023年からの15%増に続いて2025年から50%増となるという環境のもと、過去に乱獲して資源を危機に追いやったこともない沿岸漁業者たちに「罪の意識」を刷り込むような制限を続けていては、漁業をやりたいという若者がますます少なくなっていくでしょう。もっと夢を持たせるべきです。新規参入を促し、後継者を増やすという視点も忘れてはいけないと思います。(続く)

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