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間違いをごまかし、強弁してキズを広げる水産庁~太平洋クロマグロ漁獲枠の配分に監視が必要③

 「長い道のりを経て思う」――そんな見出しのコラムを元水産庁次長で中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)北委員会の議長・宮原正典氏(よろず水産相談室afc masa代表)が8月23日付の日刊水産経済新聞1面に書いていました。

 WCPFC北委員会で太平洋クロマグロの資源回復を受け、来年から大型魚は50%、小型魚は10%それぞれ増枠することを合意しました。

「奇跡を祝おう」と呼びかける水産庁OB

「何と幸せな状況にいるか、感慨にふけりたくなるのは私だけだろうか」

 議長でもある宮原氏は小型魚の半減措置から過去10年余り、日本政府の担当者として、そして退官後も農林水産省顧問、資源管理の専門家としてWCPFCの太平洋クロマグロ問題に関わりつづけてきました。その仕事ぶりは国際的にも高く評価されています。感慨もひとしおでしょう。

 いま各地で開催中のブロック別説明会で議論が沸騰している配分の問題について、こんな風なことも書いています。

 「増えた漁獲枠をどのように振り分けるか、また、生産量が増えることにより価格が下がる問題にどう対処するか、などは難しい問題だ。関係者の間で衝突が起こることは避け難いかもしれない。そして批判の矛先は、私も含めて水産庁に向かってくるだろう」

 「しかしまずはこの奇跡的な事態の好転を祝うことから始めてもらえないだろうか」

 宮原氏の呼びかけがなくとも、漁業者はみな「これまで我慢をした甲斐があった」と太平洋クロマグロの資源回復を喜びあっています。

なぜ、批判が水産庁に向かうのか

 問題は宮原氏が心配するように、どうしてクロマグロの漁業関係者が衝突し、水産庁に批判の矛先が向かうのか、というところにあります。

 漁獲削減、漁獲抑制それ自体を非難する漁業者はまずいません。

 また、WCPFC全体として、あるいは日本国全体としてクロマグロの漁獲量をどのくらいに抑えなければならないかについて異論を聞いたこともありません。

 揉めるのはいつも「配分」をめぐってのことなのです。規制開始当初からずっと続いている問題です。

 そして、漁業者が不満を抱くのはそれ相応の理由があるからです。元水産庁幹部としての宮原氏を含めて担当者それぞれの関わり方の違いはあるにせよ、太平洋クロマグロの漁獲量配分を巡るトラブルに関しては、「水産庁」という組織による仕事のやり方のまずさに大きな原因があると思うのです。

「イジメじゃないか!」と怒る近海はえ縄業界


 例えば、近海はえ縄漁業者の団体のトップがこんな悲鳴を上げたことがあります。いまから8年前、2018年9月28日に開催された水産政策審議会資源管理分科会くろまぐろ部会の議事録からの抜粋です。

 「近かついじめじゃないですか、これ。そういうことじゃないですか。近かつをいじめてるということじゃないですか。そうでしょう。何で752tあるのに161tしか獲れやんの。ちゃんと説明してよ。おかしいやん。これ近かついじめですよ、絶対。それならそれで覚悟がある、密かな、これ近かついじめですよ。私は総会するとどれぐらい言われると思う、相当言われるんですよ」
 「それを皆さん押さえとるんですよ、今。おかしいじゃないですか、このやり方は。皆さんも必死やからさ、私らも必死なるよ。枠が無いのはわかってますよ。これWCPFCで決まってる枠を分けなきゃなんないんで。日本人がみんなとりやするんやで、この枠を。そやけど、近かついじめに決まっとるじゃないですか、これは」

 発言の主は、参考人として「くろまぐろ部会」に呼ばれた一般社団法人全国近海かつお・まぐろ漁業協会の三鬼則行代表理事会長(当時)です。

 以前にも紹介した通り、水産庁は中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)の合意に基づく大型魚の漁獲制限(2002-04年の平均漁獲量以内)を実施するのに合わせて、2018年に罰則付きの公的な漁獲可能量(TAC)制度を導入しました。

 2002-04年の日本の大型魚漁獲量は年平均4882トンで、その内訳は大中型まき網漁業3098トン、近海かつお・まぐろ漁業等752トン、沿岸漁業1032トンでした。

実績752トンを配分167トンに削減

 ところが実際に2018管理年度分として配分された数量は、大中型まき網漁業3063トン、近海かつお・まぐろ漁業等167トン、沿岸漁業1184.7トン、国による留保717.1トンという具合でした。合計は5132トンで、2002-04年実績より250トン多くなっていますが、これは大中型まき網漁業がたくさん持っていた小型魚枠を250トン、等量で大型魚に振り替えたからです。

 小型魚の枠を大型魚に振り替えた分、大中型まき網漁業の枠は3348トンに膨らんでもいいはずですが、2002-04年実績を大きく上回ってしまうため、それを沿岸漁業枠や国の留保枠に流用したかたちになっています。

WCPFC基準では「かつお・まぐろ漁業」には752トンの実績があった

 その事実をもって、水産庁やまき網漁業者らは大中型まき網漁業が犠牲を払い、沿岸漁業などが大中型まき網漁業から施しを受けたかのような説明を続けていますが、その説明はほとんど虚偽と言って差し支えないものです。

 この時、大きな犠牲を払ったのは「近海かつお・まぐろ漁業等」です。表をご覧いただければわかるように、当初の配分量は実績(752トン)のおよそ5分の1近く、わずか167トンに減らされていたのです。その後留保枠などからの追加配分を受けても、その年度の配分はわずか219トンにとどまっています。

配分の間違いを認めない水産庁



 議事録から紹介した近かつ三鬼会長の発言は、この事実を踏まえてのものなのです。

 「大型魚について枠を新たに設定する際に、それ以後の、自由に獲っていた期間というのがありましたので、そこはやはり直近の実績というのを勘案しなければならないだろうというところで、これを反映した枠の配分ということを行ったわけなんです。結果として、2002年-2004年の実績に比較してその直近の実績というものが近海かつお・まぐろのみが小さくなっていったというのが基本です」

 事務局を務めた水産庁の中裕伸管理課長(当時)はそう説明します。近海はえ縄漁業に限らず、直近の実績という同じ条件で配分しただけであって、近海はえ縄を不当に扱ったものではないとでも言いたげな説明です。

 しかし、直近の漁獲実績と過去の基準実績との違いが5倍もあって、それを放置したのは水産庁の明らかな判断ミスです。問答無用で押し付けられた近海はえ縄漁業者の怒りが、水政審くろまぐろ部会の三鬼会長の発言となって爆発したわけです。

配分ミスを特別枠名目で修正図る

 しかも、この判断は意図的、確信犯として行われたものです。沿岸漁業者にリップサービスする数量も必要だし、国の裁量で配分できる留保枠も持っておきたい。たまたま直近の漁獲成績が極端に少なかった近海はえ縄に本来与えてもよかったはずの枠を国が事実上取り上げたというのが真相です。

 このときの間違いは、近海はえ縄漁船による先獲り競争を誘発し、上限管理のための採捕の自粛や停止により、クロマグロ資源の状態を分析する科学者たちが満足するような資源評価用のデータを収集できなくなるという問題も起こすこととなりました。

 水産庁は「データ枠」というかたちで、かつお・まぐろ漁業への漁獲量配分の上積みに踏み切りましたが、基準の数量752トン以下の状態が4年間も続き、基準並みかそれ以上の数量が配分されるようになったのは5年目の2022年以降です。

 私が問題だと感じるのは、こうした混乱を引き起こしておきながら、水産庁は2018年の過少配分について、これまでに一度たりとも近海はえ縄漁業者に対して詫びたことがないという事実です。

「はだかの王様」よりも深刻

 むしろ、データ枠を与えたのに先獲り競争が解消されず、資源評価用のサンプルとして利用できる漁獲データが十分に集まらないとして、漁獲量を漁船別に割り当てるIQ制度を、事前準備もそこそこに近海はえ縄漁業に導入しました。

 そして、それを自分たちの手柄として誇らしげに宣伝しているのですが、IQを押し付けられた近海はえ縄業界では、漁船の間で、かつてないほど深刻な分断、対立が生じているのです。

 自らの間違いを認めず、改めるどころか強弁して傷をさらに広げていく。水産庁は「裸の王様」よりも愚かな組織かもしれないのです。(続く)

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