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「争いの種」をまく水産庁~太平洋クロマグロ漁獲枠の配分に監視が必要①

 8月21日、東京・新橋の民間の貸し会議室で水産庁主催による「くろまぐろに関するブロック説明会」が開催されました。オンラインでも参加できますが、雰囲気を感じるには会場参加が一番です。午後1時半からおよそ3時間。漁業者のほか、レジャーの釣り人からもたくさんの意見が出ました。その印象を含めて、大幅増枠が決まった2025年以降の太平洋クロマグロの漁獲量の配分のあり方について私見を述べておこうと思います。

議論の前提となる情報欠如、水産庁は準備不足

 結論から先に言えば、水産庁は自分たちの準備が不十分なまま、必要な情報も提供せずに漁業者らの要望を聞き出そうとしているので、議論は収集つかず、漁業者間または漁業者と遊漁者(釣り人)との争いを煽りかねない危険を感じました。準備不足は特に遊漁規制について顕著です。なにせお隣韓国はじめ諸外国の規制の実情すら把握していないというのですから怠慢としか言いようがありません。

 米国では漁業とは別枠でスポーツフィッシングが管理されており、総漁獲量の制限はありません。日本では漁師も釣り人も釣るな、逃がせ、と言われ続けて、特に沿岸の漁業者は「放流」という美名のもと、本来なら漁獲実績として報告しなければならないクロマグロ死亡個体の海洋投棄さえ余儀なくされているのが滑稽に思えるくらいです。

 漁業者同士のケンカは水産庁が自らの怠慢や失敗を隠し、保身を図るには好都合です。水産庁は保身のため肝心なことについて意図的に説明を避けたり、ウソをついたりしていないでしょうか?漁業者にも遊漁者にもそういう視点から会議を見つめ、ごまかされないようしっかりと意見、要望をぶつけて欲しいと思います。

太平洋西部での乱獲責任を問い続けるアメリカ

 昨日の会議の質疑応答の最後に発言を求めたのですが、問題を過去15年ばかり継続して取材してきた私が一番疑問に思うのは、日本の水産政策審議会資源管理分科会くろまぐろ部会はなぜ「日本の大中型まき網漁船は資源悪化に対する責任をとり終えている」という見解をまとめているのだろうかという点です。

資源に与えるインパクトの大きさ

 国際会議では、米国が西太平洋での小型魚乱獲責任をいまだに責任追及していて、増枠は太平洋の東側、つまりアメリカ寄りの海を優先し、太平洋の西側、つまり日本や韓国、台湾付近の海は後回しでよいという議論が当たり前のようになされています。いわゆる東・西のインパクト比率の是正問題で、かつての太平洋西部での小型魚乱獲がクロマグロ資源を危機に陥れたのだからその比率がもとに戻るまで西側、日本は我慢して当然だと言われ続けられているのです。 

 水産庁は国際会議の情報のうち都合の良いところだけを日本語で漁業者、審議会委員、報道関係者に説明し、その背景にある各国の主張や意見を説明しないのですが、1990年代の西太平洋でのまき網による小型魚乱獲責任問題はその典型です。

専門能力が疑われる水政審くろまぐろ部会

 過去2回、水政審のくろまぐろ部会はこの問題を取り上げていますが、ほとんど検証もせず、大中型まき網も枠を減らす努力をしているなという程度の大雑把な議論だけで「責任は果たし終えたとみてよい」と結論付けています。

 水産庁の意のままに操られている審議会の委員の専門的能力が疑われるほどだと私は思います。漁業種類ごとの枠配分のあり方については、かつて自民党の水産関係部会が議論をしたことがありますが、水政審よりもよほどまともな議論が行われていたことを思い出します。

 来年以降の枠配分決定の前に、水産庁はまたこの「くろまぐろ部会」の意見を聞くことにしています。どうか委員の方々には、英文でしか読めませんが、WCPFCなど関係する国際会議の議事要旨や各国の提案にも目を通していただき、なぜ、太平洋西部の漁獲枠増が抑え気味にしか決められないのか、その議論の背景をしっかり理解したうえで、審議にあたって欲しいものと思います。

 私のところにもある漁業者から問い合わせがあったのですが、WCPFCの資料や議事録は英文で、日本語の翻訳はありません。日本語で読みたいですよね。おそらくくろまぐろ部会の委員にも英文は苦手という人が少なからずいると思われます。この際、水産庁は関係する資料の和訳を作成して、「くろまぐろの部屋」など水産庁のサイトで公開してはどうでしょう。漁業者や漁業団体がなぜ、日本語資料を要求しないのか不思議でなりません。

まき網への小型魚2000トン配分決定も検証を

 さかのぼれば、クロマグロ小型魚の当初の漁獲上限4007トンを大中型まき網2000トン、その他に2007トンと割り振った水産庁の決定自体、間違いではなかったかと私は思います。

 乱獲して資源を危機に追いやった責任を考えれば、大中型まき網が2000トンもの配分を受けられるはずがないのですが、水産庁は大した根拠も示さぬまま、複数の選択肢も示さず、キリのよい2000トン配分を強行したのです。

 そしてその配分を決定した水産庁の課長は翌年、まき網漁業団体に天下っています。そんなことが当たり前のように行われていたのです。その小型魚枠が大型魚枠に振り替えられ、重量でほぼ5割増しになり、大中型まき網に大きな利益をもたらしていることは皆様のご存じの通りです。

近海はえ縄への枠を削り、競争を煽った水産庁

 もう一つ、水産庁が争いの種を自らまいている問題として私が指摘したのは、大臣管理の「かつお・まぐろ漁業」(近海はえ縄漁業)に対する枠配分の問題です。

近海はえ縄(竿釣り等に分類)への枠は過小だった

 「かつお・まぐろ漁業」では、漁業者による早獲り競争で、クロマグロ資源評価用に使う4月―6月の期間の漁獲データが満足に取れなくなっているという理由で2021年から自主的IQが実施され、2022年からは強制力のある公的IQに移行しています。

 しかし、そのIQの導入の仕方が唐突であったり、強引であったり、割当方法が不当だとして2つの漁業集団が行政手続き法に基づく審査請求や裁判のかたちで水産庁を相手に争っています。

 争いの背景を探ると、原因は2018年の漁獲可能量(TAC)創設時の「かつお・まぐろ漁業」への枠配分がWCPFC基準(2002-04年平均漁獲量)と比べて極端に少ないところにあるとわかりました。

 つまり、国別の枠を決めるときの基準になった2002-04年の実績を「かつお・まぐろ漁業」にあてはめると、752トン配分があってしかるべきなのに、実際にはわずか219トン(追加配分含む)しか配分されていなかったのです。これは異常な配分としか言いようがありません。

 大型魚の配分は2002-04年の実績を基本としながらも直近の漁獲量も参考にするという形で、事実上2015-16年の実績に基づき配分が決められています。大中型まき網など他の漁業区分と比べて、かつお・まぐろ漁業の漁獲が極端に不振な時期のデータがもとになっています。あまりに乖離が大きければ、本来採用されておかしくないWCPFC基準に照らして大幅な補正措置、つまり枠の情報修正を講ずる必要があるところ、水産庁はその格差を放置してしまいました。

 その結果、近海はえ縄漁船の間で小さな配分量をめぐって早獲り競争が過熱し、四半期ごとに漁獲量上限を決めても途中で採捕停止が繰り返されることになったのです。

 データ採取のためということで、特別枠のように漁獲量が上乗せ配分されたことで、沿岸の漁業者からやっかみを受けたりしますが、そもそも2018年の過少配分の是正に過ぎないと私は思いました。水産庁はそのあたりの事情を説明しないので、沿岸の定置網漁業者らからは「オレたちの枠を分けてやっているのに、資源評価に必要なデータもとらないで近海はえ縄漁業や一体何をやっているんだ」という反発を招くのです。

 水産庁は過少配分という自らの判断ミスに口をつぐんだまま、行儀の悪い近海はえ縄を成敗するかのように業界に導入を迫ったのがIQ、つまり漁船別に漁獲量を割り当てていくことでしたが、それによって資源評価用のデータがきちんと集まる保証などありません。「かつお・まぐろ漁業」へのIQ導入問題を調べれれば調べるほど、水産庁のクロマグロ資源管理はまるで「マッチポンプ」のようだと思えてきます。(続く)

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