見出し画像

【海のナンジャラホイ-33】スキューバ潜水での「エア持ち」について

スキューバ潜水での「エア持ち」について

「エア持ち」ってなんでしょう?

私たちが海岸でスキューバ潜水による調査を行うとき、潜る場所の最大水深は5 m よりも浅いことがほとんどです。それには3つの理由があります。
まず、私たちの主要な調査地である東北太平洋の南三陸沿岸では、大型の海藻の多くはこの深さよりも浅いところに生えているからです。栄養塩類や懸濁態有機物の多く含まれる海水は南日本よりもずっと濁っていて、そうすると光の透過度も落ちるために海藻の生息水深が、かなり浅くなるのです。
2つ目の理由は、安全潜水のためです。潜水調査では教員も学生も潜ることが多いので、目が届きやすく緊急時の対応もしやすい浅いフィールドを調査地に選ぶのです。
もうひとつの理由は、浅いところでは「エア持ち」が良いからです。潜水調査では、予定している計測調査や採集、海中実験などを背中に背負った空気タンクから供給される空気が十分にあるうちに終えなくてはなりません。私たちが常用するタンクの容量は10リットルで、その中に150気圧以上に圧縮された空気が詰め込まれています。タンクの空気を常圧に戻して吸うときに、水深が深いと空気が圧縮されて、吸って利用できる量が減ることになるのです。海水面で1気圧なら、水深10メートルでは2気圧、水深20メートルでは3気圧となるため、吸える空気の量は水深10メートルで半分、水深20メートルで3分の1になるわけです。だから、深い場所に潜るほど、同じ空気タンクで潜れる時間は短くなるわけです。この1本の空気タンクで潜れる時間を、私たちは「エア持ち」と言っています。5メートルより浅いところで潜ればエア持ちは良く、10リットルのタンクなら、ふつう1時間半から2時間くらいは潜っていることができるのです。

「エア持ち」の良い人悪い人

実は、エア持ちは潜っている水深だけで決まるものではありません。一般に小柄で基礎代謝量の少ない人は長い時間潜れるし、大きな体で基礎代謝量の多い人は潜水時間が短くなる傾向があります。また、当然ながら海中での運動量も影響するので、バタバタとやたらに動けば空気の消費量は増す一方で、潜水経験の長い無駄な動きの少ない人ならエア持ちは良くなります。また、メンタルな状態も関係があるように思えます。海に対する恐怖感があったりするとエア持ちは悪く、心にゆとりがあってリラックスしているとエア持ちが良くなるような気がするのは、心の動きが筋肉の動きや水中での活動量にも関係するからでしょうか?

考えてはいけません!

そして、もうひとつ、エア持ちに関係すると私たちが経験的に学んでいる要因があります。それは、脳の使い方です。海中で調査の段取りを考えたり計算をしたりすると、空気の消費量が増すのです。おそらく、脳の活動時の酸素要求が増すことで空気の消費量が増すのでしょう。つまり、同じ水深でより長く調査活動に時間を割きたい場合には、なるべく頭を使わないように、なるべく考えないようにした方が良いということになります。
潜水調査を行うときに、潜水可能時間というのは、とてもシビアな制限要因になります。例えば、ある日10ヶ所での海藻の計測を終えなければならない調査プランがあったときに、9ヶ所までの計測が終わった段階でタンクの空気が無くなってしまったら、その調査は完了できなかったことになり、調査データは不完全なものになってしまいます。とても悔しい思いをすることになるのです。わずかなエア持ちの違いが、調査完了の可否を分けます。だから、私たちは「なるべく考えなくて済む」調査を心掛ける必要があるのです。

脳内シミュレーションと準備が必須

スキューバ潜水での調査の時に、海中で頭を使う機会を減らすためには、どうすればよいでしょうか? 大切なのは、まず調査の段取りの入念な打ち合わせです。とくに複数人員のチームで調査を行う時には、それによって無駄な動きを減らすことができます。また、各々のメンバーが入水(エントリー)してから海から上がる(エギジット)までの細かな動作を脳内で十分にシミュレーションしておくことが肝要です。それによって必要な道具を忘れたり準備不足だったりする事態を避けることができます。
そして、抜かりのない道具の準備も大切です。ハサミや物差しにゴム紐を取り付け、採集容器などは必要数を考えて、水中で扱いやすいように調えておかなければなりません。道具類の中でも、とくに、水中ノートを上手に作成しておくと、調査時の無駄な思考を減らすことができます。どんなデータを取るのかを十分に考えて、計測データだけ書き込めば良いように、表形式の枠をノートに書き込んでおくことは必須です(図参照)。
もちろん、一連の作業に要する時間を過去の経験や調査員の技量と照らして予測しておくことは基本です。余裕のある無理のない調査計画を立てておけば、平静な気持ちで正常に調査を行えるでしょう。周到な準備を行って、海に入ったら無駄なく段取り通りに動ければ、考えることも少なくエア持ちも良く、所定の調査を完了することができるのです。

図:行き当たりバッタリさん(左)VS. 用意周到さん(右)

陸上動物であることをひしひしと感じます

私たちは、普段は何気なく呼吸しながら暮らしています。ほとんど呼吸していることすら忘れているかもしれません。でも、スキューバ潜水で背負ったタンクの空気を吸って、どのくらいの時間潜水できるかなどということを折々に考えていると、自分たち人間が空気呼吸を必須とする陸上動物であることを改めてひしひしと感じます。鰓で呼吸しながら海中を自在に泳ぎ回る魚を羨ましく思ったり、半径が6,500キロメートルくらいある地球の表面に張り付いたわずか10キロメートルくらいの大気(対流圏)の底に張り付いて健気に生きている自分たちをなんだか愛おしく思ったりするのです。

○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?