ー1ー唐突なる衝撃と衝動
目の前の桜が、美しくも儚く、散っている。
僕は今日、中学校を卒業する。
「湊、そろそろ始まるぜ」
少し離れた位置から、友達が声をかけてくる。
僕は5秒ほど風に揺られ散っていく桜を眺め、後ろを振り返った。
「――――あぁ、今行くよ」
待機室に向かえば、そこには緊張と嬉しさと悲しさを含んだ空気が漂っていた。
いつもみたいにバカやってるやつ、緊張で顔が赤くなってるやつ、3,4人くらいで抱き合いながら泣いている女子――――
様々でありながらそこには、そこにしかない時間が流れている。
「俺たちも泣くか?」
一緒に待機室に来た友達が、泣いている女子たちを見ながらふざけ半分に聞いてきた。
「遠慮しとく。」
きっと僕には、泣くほどの思い出を持っていない。
「冗談だよ、男が泣くなんてダサいだろ」
友達は笑いながら、それでも必要以上に喋ろうとはしない。
あぁ、彼には惜しむものがここにあるんだ。
僕は直感する。
と、そこで時間が来る。
卒業生の入場だ。
さっきまでの騒ぎが嘘だったかのように、静けさと真剣な面持ちが現れる。
入場の合図とともに、僕たちは”卒業式”に向かった。
――――――――――
「――――晴夏湊(はるか みなと)」
「はい」
担任に名前を呼ばれ、返事をした僕はステージに上がる。
他の卒業生と同様、何度も練習させられた動きで卒業証書を受け取る。
証書を渡した校長が何か言っていたが、誰かの鼻の啜る音でかき消される。
どうせたいした言葉じゃない。
だって、僕と校長は中学校生活3年間で、一度も喋ったことが無いんだから。
席に戻れば、もう最後のひとりが壇上に上がるところだった。
あとは最後に校長の言葉を聞き、式は終わる――
筈だった。
「えぇ、今日は君たちのためにサプライズを用意しました。」
校長がにこやかに笑うと、後ろで閉じていた幕がゆっくりと開き始める。
教員が総動員して壇上を片付け、登場したのは4人の男女。
同時に、黄色い歓声が響きわたる。
「えぇ、皆さんはじめまして」
中心に立つひょろっとした男が、マイクを手に取り話し始めた。
歓声やざわつきはお構いなし。
ただ淡々と、話を続ける。
「卒業おめでとうございます、今日が僕たちの母校の卒業式だという話を聞き、急遽お邪魔させていただくことになりました」
特に話すこともないので、聴いてください。
男がそう言ってマイクをスタンドに戻すと、手はいつの間にか楽器を持っていた。
あれはギターかベースか、音楽に乏しい僕はどっちか見分けがつかない。
でもそんなことはどうでもいいくらいに、僕は彼らに釘付けになった。
一切喋ることなく、目を合わせることなく、それぞれの楽器を”構える”。
会場が一斉に静まる。
僕だけじゃない、何人もの人間が彼らに釘付けだ。
みんなが待っている、これから始まることを、これから聴こえる音を。
何時間とも思える長い長い1分の後、僕の耳に届いたのは衝撃そのものだった――――――。
演奏曲数2曲、演奏時間はたったの10分。
その間、会場にいた全員が彼らを見ていた。
でも彼らは、一度も僕らを見なかった。
その言葉通り、彼は常に上の方を見上げながら歌っていた。
ライトは彼にしか当たっておらず、他のメンバーは顔の輪郭すら捉えられない。
でもそれが彼らの特徴であった。
「――――あの目が合わない感じがたまらなく好き」
演奏が終わると、隣の女子がぼそっと呟いた。
「人気なの?」
僕は思わず質問する。
すると
「え、知らないの?」
質問で返された。
僕は何を言わずに首を振る。
「この間メジャーデビューしたばっかりだけど、音楽界隈なんかじゃ結構有名だよ。メジャーデビューもテレビとかで結構紹介されてたし」
小ばかにした目つきをしながらも、丁寧に教えてくれる。
「あのミステリアスな感じがいいよねっ!」
話が聞こえていたのか、後ろの女子が食い気味に入り込んでくる。
一気に女子のひそひそ話モードだ。
僕はもう一度、ステージに目を向ける。
そこに、彼らはもういなかった。
2話目はこちら。
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