6、〇〇を□□とするならば

 もしもの話である。

 頭に「仮」がつく話をどこまで鵜呑みにすればいいだろうか。

 明日世界が滅亡するとしたらどう過ごすか。無人島にひとつだけ持って行くなら何にするか。擦りすぎてもはや答えることすら馬鹿馬鹿しく思えてしまいそうなくらいのベタなもしもの話にも、今なら前のめりになれそうだ。

 もしも、もしもの話である。

 隣の席の柏木さんが僕のことを好きだとしたらどうしよう。

「またそんな妄想言って」

 紙パックのミルクティーのストローを噛みながら、田中が飽きれたように僕に言う。お昼休みはこそこそと隠れるように非常階段の下に集まってどうでもいい話をするのだが、今日だけはどうでもよくない話題である。

「妄想でこんなこと言うわけないだろ」
「妄想じゃないと言わないよ、柏木さんがお前のこと好きだなんて」

 田中がストローから口を離す。原型が分からなくなるほどぺったんこにひしゃげたストローが情けなく頭を垂れている。僕は手元で綺麗な円を描いているストローと見比べながら根拠を並べる。

「目が合う回数が多い」
「お前が見てるからだろ」
「いつも微笑み返してくれる」
「愛想良いもんなあ」
「僕に好きなものたくさん聞いてくるし」
「好きなもの?」

 少し意地になって声が大きくなった。否定するように相槌を打っていた田中が疑問をこぼした。

「例えば?」
「好きな飲み物とか、テレビ番組とか、音楽とか。あ、漫画とかも聞かれたかな」
「そんなこと」
「だから、僕のこと好きなんだよ」

 鬼の首を獲ったような思いだ。こんなに根拠があれば、田中だって言い返せないはずだ。柏木さんは僕のことを好きなはずだ。好きでないなら今までの彼女の行動の辻褄が合わない。

「柏木さんって、とても優しいんだよな」

 田中がひしゃげたストローで再びミルクティーを飲み始めた。ジュ、と音がして少し不快だ。

「そこが良いところだよね」

 僕は頷く。それを聞いて、田中がかわいそうなものを見るような目で僕を見た。変なの。

 田中はミルクティーを飲み干すと、ストローを咥えたまま紙パックを畳み出した。なかなか続きを口にしない。何かを悩んでいるように見えたので、僕は柏木さんよろしく優しい心で彼に言う。

「何でも言ってくれていいんだよ」
「そうか?」

 もちろん。僕は胸を張る。どうやっても柏木さんは僕のことを好きなのだ。田中は嫉妬から罵倒したくなっているのをぐっと堪えているのだろうということは簡単にわかる。僕は彼女に見合う優しい男なのだ、少しの罵倒など痛くも痒くもない。どうぞ、と手で仰ぐ。田中は小さく息を吐いた。

「柏木さんがお前を好きなことはないよ」
「まだそんなこと」
「お前のこと好きなのは、その、言って良いのかな。やめとくか」
「な、なんだよ。もったいぶるなって」
「本人の了承ないのに言うのはちょっとマナー違反だから、やめとくわ。とにかく、他の子がお前のこと好きで、柏木さんが代わりに探り入れてただけってこと」
「は? どういうこと? これ、何? 悲しめば良いの? 喜べば良いの?」

 柏木さんは僕のことを好きじゃないとしても、僕のことが好きな女の子がこの学校にいることは事実なのだ。それが誰かわからないのは多いにトラップだがそんなことはどうでもいい。

「でも、なんで田中がそんなことわかるのさ」

 一番の疑問はここだ。田中が柏木さんの裏事情を知っているなんておかしい。女っ気のない非モテ同盟の僕たちの中にそんな情報が流れてくることなどほとんどないことなのだ。

「柏木さんが好きなのは俺だからだよ」
「は?」

 何を言い出すのかと思えば、特大妄想である。僕の発言を妄想と言ったのは、自分の妄想が大きくて強すぎたせいで他人の話す事実を受け入れられなかっただけではないか。なんと気持ちの悪いことだ、友よ。

「さすがに冗談がキツいって、そんな妄想ぶつけられてもねえ」
「冗談じゃないよ」

 ぐっと目の前に田中のスマートフォンが迫る。画面には、田中と柏木さんが仲睦まじく並んだプリクラの画像が表示されている。幻覚かと思って目を擦った。何度見ても目の前に映っているのは同じ画像だ。認めろというのか。

「は?」もう一度気の抜けた声が出た。先よりもきっと間抜けな顔をしていたはずだ。

 隣の席の柏木さんが僕のことを好きだったらどうしよう。もしもの話はいつだって「そんなことはない」が答えなのかもしれない。僕はずっと真実を隠していた田中に文句のひとつでも言いたくなったがふとひとつの真実を思い出す。

「……で、本当に僕のこと好きな人って誰なの?」

 田中の話が本当だとするならば、僕にだって薔薇色の学園生活が待っているのだ。僕は田中の次の言葉を待ちながら、咥えかけたストローの先を少し噛んだ。


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