11、キーボードを叩き割る勢いで綴る

「読まれた!」

 ラジオネーム『影踏み単語』の名前がイヤホンから流れ込む。僕の名前だ。心臓がバクバクと跳ねて、指先が震えた。勉強という名目で夜更かしをしていた際にたまたまみつけた深夜のラジオ放送。今まで浴びたどんなエンターテインメントよりも面白い。「サクセレクト」というお笑い芸人のラジオはコアなお笑いファンが集まって、夜な夜なふざけ倒しているだけのラジオで、聞き終わったときには何も記憶に残っていないのだが、それが快感だった。聞いているだけで満足だった僕はいつしかその輪に入りたくなって、必死にコーナーに送るメールの内容を考える日々を過ごすようになった。当然ながら授業もうわの空になるし、点数も下がる。遅くまで起きて勉強をしているのにおかしいなと思われたらラジオを聞けなくなるかもしれない。放送のある火曜日以外の夜は参考書と向き合い、どうにか現状維持、いや少し向上といったところでごまかした。

 メールを送って三ヶ月と二週間、採用なし。もう僕にはメール職人になる才能はないのだろうなと諦めた矢先のことだった。

 僕のラジオネームが読まれた。同じ名前の別人かもしれない。一瞬そんな風に思ったが続くメールの内容は僕が考えに考え抜いた先に送ったネタメールに間違いなかった。

 サクセレクトの作間さんが読む、工藤さんが相槌を打つ。僕のメールを起点に何個かボケが飛び交って、笑いで包まれる。……ウケた! ふたりの笑い声を聞いて力が抜けた。椅子からゆっくりと滑り落ちると、床の冷たさにじわじわと現実であることを実感した。

 なんてことのない一瞬が、とても気持ちよい。蚊帳の外だったはずの僕が確かにあの瞬間スタジオにいて、大勢の人間を笑わせた。それが自信になった。もう一度「ウケ」たい。前回よりももっと大きく。大学ノートいっぱいに書いたボケを推敲して、より良いものにしていく。考えすぎて何が面白いメールなのかわからなくなるがそんなこともどうでもよくなるくらいのめり込んだ。

 リアルタイムでリアクションを送る。どれだけのスピードで捻出できるのかが大事だ。ここが居場所だと思った。僕はここで輝きたい。十年後の僕が「もっと他に輝ける場所があるよ」と言いに来たとしても、聞き入れることはないだろう。それくらいここしかないと思っていた。

 今日もラジオの時間が来る。すぐにメールを送れるようにパソコンの準備もできている。

 ジングルが流れる。僕は僕の名前を聞き逃さないようにイヤホンを付け直す。あの快感を追い求めるようにふたりの声を聞いた。


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