2、個性。

 僕は身体の形がほとんど存在しない状態で産まれた。肉体が十分に形成されることなく、どろどろのスライムのようだったという。母親は子を成す器として機能していない無能であるとして処罰を受けたと聞いている。どうやらもうこの世にはいないらしい。

 遺伝子の相性や能力値を見て、理想の子供を産むためにカスタムをすることが一般的になった。一般的になったとはいえ、遺伝子操作は毎度実験的な要素が強く、一種の賭けのような要素もある。望むような能力を兼ね備えていなかったり、理想の顔立ちとは異なる場合がある。それはまだ良い方で、遺伝子が上手くかみ合わないと人間と認識することすら難しい、僕のような異形が産まれてくることがある。

 かつて人間として認められない生を受けた子供たちは失敗作として殺処分されていたが、近年法律が変わり命を奪われる事はなくなった。その代わり、ゴムやプラスチックでできた人型の器に出来損ないの身体を詰め込まれ、アンヒューマンと呼ばれるロボット以下の召使いとしての人生を歩むことになる。器はどれも同じためアンヒューマンは全て同じ姿をしている。そのため僕たちを区別するのは右手の甲に刻まれた品番だけだ。
 僕は数人のアンヒューマンとともにブラウン家で働いている。息子のニックは自分と同じ十五歳であるため、もしもの世界を見ているような気分になる。

「私は産まれてくるべきじゃなかった」

 人間として出来損ないとはえ、知能もあれが言語能力もある。アンヒューマンである僕たちは名も知らぬ家に置かれ、身の回りの世話をするのが仕事だ。この姿になった時点でもう僕たちは人間ではないので空腹もなければ排泄なども行わない。いつかアーカイブで見た『二十四時間働けます』というキャッチコピーは僕たちのための言葉だ。しかし、働けることと働きたいことは別だ。僕たちには知能がある。意外だと思われるが自我だってある。本当の家族に捨てられ、道具として生きるしか生を全うできないと知れば、F-0873のように絶望するものだって出てくる。

「ニック様が羨ましい。私も両親に愛されたかった」

 彼が自分だったらと何度思ったことだろう。彼女の気持ちが痛い位にわかった。しかし、僕たちの運命はそれを良しとしないのだ。F-0873が次に口からこぼしたのは悲鳴に似た呻きだった。きっと彼女は知らなかったのだろう。道具が道具でなくなることを恐れた人間がこの身体に細工をしていることを。

「あーあ、道具になっても出来損ないだったのか」

 カシャンと音を立てて倒れ込んだFー0873を見下ろしながらニックが言った。彼女の呻き声を聞いてやってきたようだった。

「申し訳ございません、今すぐ処分致します」

 人間として生きることを強く望み過ぎると、反逆分子と判断され処分される。これは僕たちの運命だ。個々の意思はもう必要ない。命がある限り徹底してアンヒューマンとして生きるしかないのだ。

 親に望まれてこねくり回された遺伝子のせいで、望まぬ人生を歩む。優秀な個性を得ることができなければ淘汰されるしかない世界で何を希望に生きていけば良いのか。ガラクタになってしまったFー0873を抱え、僕はニックの前を後にした。


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