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ライアン・ノース『科学でかなえる世界征服』

本書は本物のスーパーヴィランになり世界を征服することを指摘するノンフィクションである

おことわりより

冗談みたいなタイトルの本だったのでおもしろそーと思い読んでみました。本書は世界征服を企むヴィランのための指南書、という一風変わった体裁になっており、いわゆる空想科学読本に近い「フィクションの出来事を実際にやろうとしたらどうなる」という考えに基づいて書かれた一冊。作者はアメコミの原案作成者でもあり、日夜頭を絞ってあれやこれやの「悪だくみ」を考案している方らしい。そんな経歴もあってか視点として”ヴィラン側”に立った論調になっているのがまた面白く、「君なら出来る!」「困難なんてなんてことないだろ?」といった感じで、読者を励ましながら世界征服の方法を緻密に、どこまでも"科学的"に伝授してくれる。んが、書かれている方法はどれもこれも一般市民には到底手も足も出ないハードルの高いものばかり。簡単に言えば莫大な金がかかるのだ。地下や空、果ては宇宙に自分の基地を造るという計画から話はスタートするのだが、そのどれもが実現困難なものだらけ。だからこそ気楽な気分で読める本でもある。その他にも恐竜を復活させる計画や、地球のコアを人質に取る計画など、様々な形で地球を征服する方法を語り、さらに自らの偉大な業績を残す方法までしっかりと(マジでしっかりと100億年単位で残す方法を考えてるから笑える)書いている。合間に挟まれるコラムや脚注の多さ、その主張の強さ、絵による説明など、色々工夫が施されている点も特徴。

「いかなる場所でも試さないでください」と書かれているが、出来るかー、とツッコミながら読むのが正解ですね。というわけでざっと内容を紹介してみる。

スーパーヴィランには秘密基地が必要

生活し、働き、計略を練るために、「家」あるいは「オフィス」が必要だ。つまり「秘密基地」が。ということでスーパーヴィランになるためには何を置いてもまずは基地が必要だと作者は主張する。そしてその場所で自分や部下が生活し、維持管理していくために必要な食糧、空気、水がどの程度必要なのか、どのくらいの蓄えがあればひとまず「悪だくみ」を実行に移すことが可能なのか、スーパーヴィランになるための綿密な計画の第一歩としてまずは話はそこからだ。ということで色んな表や、ふざけたキャラクターの描かれた絵でそれらを説明しており、結構キャッチーなのも良い。さらに火山近郊、街中、地下、海上、海中、宇宙、空と、あらゆる場所がどれだけ実現可能かを検討していく。だが、「見つからない」ことや「安全であること」といった様々な条件で”秘密基地計画”を練っていくと、実現不可能、とまではいかないにしても、だいたいどれも相当困難が付きまとってくることがわかってくる。端的に言うとスーパーヴィランはお金がかかるのだ。

また、もしあなたが実際にイーロン・マスク並の大金持ちで、「浮遊基地」なんかで活動を始められたとする。しかし、おそらくは自国の超上空の空域も取り締まるべきだと主張する人が現れるだろう。悲しいことに、国際民間航空機関(ICAO)は、国際協定をいくつか締結しているのだ。例えば「航空規則」。これは機器、照明、信号、巡航高度、優先権、パラシュートなどに関するもので、あなたがその多くに違反してしまうことはほぼ間違いないだろう。

自分自身の国を始めるには

では、そんな面倒な規則に縛られないために、自分の国を持ってしまえばいいのだ、という方向に話は進む。国とは何か。それは地球上に存在する、主権を有する地域のことだ。自らと自らが所有する土地を完全に統治する力を持ってこそ国と言えるのであって、必要なのは「土地」となる。では土地と主権を獲得する方法は? 発見するか、与えられるか、作るか、奪うかの4択だ。このうち土地を奪う方法には、こっそり奪う、武力の行使、懐柔がある。
でも、どれもこれも何らかの弊害あり、正当な方法とは認められていない。そりゃそうだ。

ならそもそも人が住んでいない場所に居を構えるとしたらどうだろう。権力を掌握し続ける唯一の方法は、一部の人々に、あなたがリーダーを務めているほうが暮らしは良くなるのだと思い込ませることだ。これらの条件を踏まえつつ、ひとつの答えとして「南極」に住み、基地を設置する可能性が提示される。つまりそれが、現状の地球において、新しい国を作って支配するための最善の方法というわけだ。
以下は計画を実行するにあたって必要になる時間と経費の概要だ。
初期投資…1億5000万ドル
期待収益…何十億
完了までの予測期間…30年未満
って、出来るかー。

世界征服のための事業計画

……まあとりあえず基地が手に入ったと仮定して、世界征服の方法を練っていく段に入ろう。
例えば「恐竜のクローンを作成」。『ジュラシック・パーク』等映画でおなじみのプランであり、DNA採取や復活させるための科学的手続きが語られ、それらを実行するためにはどんな困難が付きまとってくるのかを解説してくれる。やっぱりこの計画も実現は難しいのだけど、作者的にはどうしてもこの「恐竜復活計画」は譲れないらしく、やたらと気合いを入れ、ページを割いているのがなんだか微笑ましい。しかもその理由が「恐竜はかっこいいから」というなんともボンクラな理由で共感しきり。うんうん、恐竜はかっこいいよね~。
ついでに気候を操る方法や、地球の核を人質に取る方法も語られていき、この辺もユニークな部分でした。

あなたが決して忘れられないようにするために

最後の章では、全ての計画を成し遂げ世界征服を果たしたと仮定し、ではその功績をどうやって残せばいいのかを伝授してくれる。なぜならどんな”偉大”な功績だとしても、時と共に人々に忘れ去られてしまう可能性があるからだ。
個人的にはこの「自身のデータを残す」くだりは本書の中でも特に好きな箇所だった。まずは誰でも実行可能なこととして、
インターネットにその記録を投稿する。という所から始まり、
ウィキペディアに自分の来歴を投稿する、本として出版する、100年後の人にも理解できる文章にする、モニュメントとして残す、化石として遺すなどなど、そうして100万年、1000万年、1億年残る方法を提示する。
……だが、仮に1000億年残る方法があったとしても膨張を続ける宇宙はやがて熱的死を迎えすべては無に帰すだろう。
恐竜を復活させ、空の要塞を造り、気象を操り、国を支配し、不死を得て、宇宙に存在する最期のもののひとつとなっても、いずれはみんな消えて無くなるーーなんてところまで話が及ぶのだけど、ひとつひとつの方法はきちんとシミュレーションされているので、読んでて楽しかった。

てなわけで、ヒーロー映画や空想科学読本が好きな人に特にお薦めしたい本……ではあるのだが、若干読みづらさもあることも付記しておこう。文章ごとのセンテンスが長い上に、話があちこちに飛びまくるので慣れないと疲れるかもしれない。絵や脚注はポップな反面、リーダビリティを下げる要因にもなっていて、私は読むのに結構時間がかかりました。でもこういうおふざけ本はたまにいいもんだ。とりあえず、「超」優れた「悪」になって世界征服したい方におすすめの良書です。


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