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むかしゲームで遭遇した没データの話

『残月記』という小説には「そして月がふりかえる」という短編が収録されている。月が裏返ることでよく似ているが全く別の世界に迷い込んでしまった男の物語で、なんらかのバグによって本来のルートから外れてしまった者の顛末を悲劇的に描いている。例えば妻である女性からは赤の他人だと言われるし、大学教授の仕事に就いていたはずなのにタクシー運転手を生業としているといった具合だ。いままで当たり前に過ごしていた人生が突然手から離れ、異なる人生を歩まざるを得なくなったとき、人は何を思うのか。「幸福」というものがどれだけ身近にあり、人それぞれがどのようにそれを享受しているのか、男の慟哭からはそんなことをひしひしと感じさせ、オチは好みが分かれそうだけど中々良い短編だった。

と、ここまでが枕で本題は以下。

読んでいてこれってゲームでいうところの「バク」みたいなもんだよなー、と思ったんですよね。それってつまり男からすれば没データの方に迷い込んだようなもので混乱するのも当たり前。戻り方もわからないから、そこで生きていくか、リセットするくらいしか選択肢がない。

私はゲームが好きなのでバグとか没データっぽいものに遭遇したことが何度かあります。だから『残月記』の主人公には悪いけど、ゲームの没データって面白いよね~と感じちゃうんです。本来だったら表に出ないはずのデータには独特の魅力がありますし、なにか見てはいけないものを見ているという背徳感も併せ持つ。あるいはいずれ使う予定だったデータが何らかの事情で使えなくなった、という場合もあるので、その経緯や、あるはずだったゲームの予定を想像するとなお楽しい。

有名なものだと初代ポケモンのミュウ、あるいはけつばん、オーキドせんせい。最近だとベータ版が公開されたことが話題になりましたね。
他にもMOTHER2やペーパーマリオなんかにも没イベントがあり、調べると色々出てきて面白い。

私が遭遇したもので特に記憶に残ってるのは2つあって、ひとつはゲームボーイ版の『ドラクエ3』。これはファミコンとスーファミで販売されていた『ドラクエ3』をゲームボーイカラー用に作り直したものなのですが、ちっちゃい画面の中にその魅力がよく再現されており、モンスターのアニメーションや、移動スピードの早さ、世界を冒険するRPGとしての面白さなどなど、作品の良さが不足無く移植された良リメイクだったと思います。
で、このゲームボーイ版なのですがモンスターメダルという追加要素がありまして、簡単に説明すると、このモンスターメダルはモンスターを倒すと一定確率で手に入るもので、本筋のストーリー進行には特に関係のないコレクター的な遊び要素でした。
落とすメダルの種類は金・銀・銅と3種類あり、モンスターを倒すとまれに「銅メダル」を落とします。
これが本当にまれで、確率を上げる方法もこれといって存在しない。
別にラスボスを倒すだけなら特段関係のない要素なのですが、裏ボスであるグランドラゴーンと戦うためにはこれを全て集める必要があったのです。しかもさらに集めるのが困難となる「銀メダル」で。
はっきり言ってかなり鬼畜な要素で、ひたすらモンスターを狩り続けない限りは到達出来ない「運」の側面が大きい仕様となっており、まともにやると永遠や虚無を感じるほど作業感のある行程でした。でもやった。途中でやめるのも嫌だったのでなんとか一人で成し遂げましたよ。いま考えるとよく頑張ったなあと思います。
んで、私が遭遇した没データというのが、そのモンスターメダルのデータ内に隠されていた『ドラクエ4』のメダルデータをたまたま発見してしまったという話です。
それは今年と同じ、とても暑い夏の日のこと。いつものようにゲームボーイにカセットを差し込み、続きのデータで遊ぼうと電源を押すと、いままで見たことの無い画面が。

通常は表示されない画面。

上で書いたとおり、当時のカセットゲームって差し込み方の加減によって結構簡単にバグが起こるのですが、このときはなにかの拍子で正式な形で没データが見える状態に。うひょー、すげえ!メダル全部コンプリートされてるし、これってつまり『ドラクエ4』がゲームボーイ版でも発売される可能性があるってことじゃん!!と驚き慌てつつ貴重な機会だと思いじっくりと観察。裏ボスらしきメダルまで収録されていてわくわくしたのを覚えています。

その後発売されたPS版、DS版でも実装されなかった幻のモンスター、クインメドーサ。

なんとかこのデータを残したくてあまり深く考えずデータを上書きしたのですが、再度電源を付け直したときはセーブした部分のデータが消えており、その後二度と4のメダルを見ることは出来ませんでした(というか元々の場所にあったはずのデータまで消えてしまったことの方が精神的なダメージは大きかった)。
ゲームボーイ版のドラクエ4は当然発売されていませんし、そもそも発売の告知さえされずに消えた幻のゲームです。

もうひとつは『ラストオブアス』を遊んでいたときのこと。
ゲーム終盤で吹雪の中、主人公・ジョエルを操作する場面があるのですが、一定のポイントに到達すると通常ならムービーシーンに入る場面でなぜかそのまま操作を続行できたことがありました。

小屋を超えると通常はムービーが流れる。

私が感動したのはプレイヤーが普通は行けない、見ることもない場所でも、ある程度景観を作り込んでいた点で、おそらく他のチャプターでも同様に作り込まれながらもゲームの進行において不要だと判断されたため切り捨てられた場所や要素が数多くあったのだろうなあ、と感じたものでした。ちなみにこの時はちょっと走り回ると見えない穴に落ち、長いこと暗闇を落ちた後で唐突にゲームオーバーとなりました。同じ場面で再度同じように動いても再びあの裏の景色に行くことは出来ず、行き方は謎のままです。

もしこのゲームが出てたらどんな内容になってたのかなー、遊んでみたかったなーとか、あの没イベントが正式に本編に組み込まれていたらどうなっていたのかな、あるいはなぜそれが無理だったのかと、そんなことを考えるのはロマンと哀愁があります。可能性だけを残し、世に出ることなく消えていったゲームがあり、使われずに遺されたデータがあった。そんなお話。

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