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智辯和歌山と僕。

昔のお話を。

毎年、智辯和歌山と練習試合が組まれていました。
当時の平安高校の亀岡グラウンドに毎年、智辯和歌山さんが来てくださいます。
僕にとっても毎年の楽しみでした。
グラウンドの駐車場にバスの到着を迎えに行くのはマネージャーである僕の仕事です。
亀岡グラウンドの急な勾配の坂を下ってくる智辯和歌山のバス。
運転席に見えるのは高嶋仁監督です。

『ほんまにあの監督、バス運転してはるわ。すごいな。』
と1年生の頃、初めてその光景を目の当たりにしたとき何とも言えないザワザワ感があって身体が震えたのを覚えています。ずっとテレビで見ていた仁王立ちの名将です。
バスから降りてくる選手は通称1.2年小屋と呼ばれる控え室に案内。バスから次々に出てくる智辯のユニフォームに袖を通した選手たちは本当にかっこいいなと思いました。
そして高嶋監督は顧問室に案内します。挨拶してから部屋に案内するまで緊張しまくっていたのはハッキリと覚えています。『すごい高校に来てしまった。』と改めて平安に入学したことを実感する日です。

練習試合はたくさん組まれましたが、やはり智辯和歌山との試合はどこか亀岡グラウンドがピリッとしてました。
高校によって区別してるわけじゃないですが、幼い頃から見てきた『高校野球と言えば』の名門校の来訪は、自然と僕のマネージャーの仕事にもより一層の気合が入りました。
グラウンドの細部に目を配り、グラウンドの整備・清掃は行き届いているか、試合に使う道具の準備は確実に出来ているか、確認に確認を重ねる作業の連続も入念にしていました。

練習試合は基本的に2試合。
午前に1試合して、昼食休憩を挟み、午後にもう1試合します。
僕は1試合目の試合でベンチでスコアを書き、試合が終わって整列の挨拶が終わった瞬間に顧問室に向かって昼食の準備に差し掛かります。
おしぼり、飲料水、お弁当の配膳をして、ベンチに高嶋監督を迎えに行き、顧問室に案内します。
そして部屋の中で原田監督・高嶋監督が食事をされます。
食事が始まれば、すぐに玄関に置かれた両監督が試合で履かれていた靴を磨きます。
『2試合目に綺麗な靴で挑めるように』とこれも平安高校のマネージャーの伝統です。

亀岡グラウンドは【おもてなし】を大切にする厳かで整理整頓が細部まで行き届いた素晴らしい球場でした。今の新しい平安のボールパークでもそれは同じだと思います。まるで別世界のような凛としていてそれはそれは不思議な空間です。

靴磨きの話に戻ります。
靴を磨くふたつのブラシがありました。
ひとつは土を落とすブラシ。これでまず土の汚れを綺麗に落とします。
そしてもうひとつは靴墨を塗って磨く用のブラシです。
靴墨を塗り、綺麗に黒光りするようにブラシでしっかり磨きます。
そして両監督が靴を触ったときに手が汚れないように、乾いた布でしっかり拭きます。
しっかり拭くことで、また靴が綺麗に黒光りするのです。
そして最後に爪楊枝で靴の裏に挟まっている小石も全て取ります。
『この靴ここまで綺麗になるか』を詰めて詰めて追求しました。
今思えば、職人芸です。
この作業を出来るだけ迅速に行います。
食後に両監督にコーヒーを出すからです。
食事が始まって終わるまでの間にこの靴磨きを終わらせて、丁寧に手を洗ってから顧問室にすぐ戻ります。
この時間は大人と接触する大切な機会だったので、身の振る舞い方や大人との会話の作法を学べるという僕にとっては非常に大きな経験でした。

そして食事が終わり、グラウンドの準備が整い、両チームのセカンドアップが終われば顧問室に報告に向かいます。
『失礼します。2試合目の準備が整いました。よろしくお願いします。』
そう僕が告げると。部屋から両監督が出てきます。

靴を履いて玄関から出てこられた高嶋監督は『お、今年も綺麗やなぁ。ありがとう。』と僕に言いました。

毎年、必ず褒めてくれる高嶋監督。
よっしゃ、これからも最高の【おもてなし】をしよう。
そう思って頑張れました。

僕はそれがとても嬉しかったですし、一生忘れない大切な思い出です。

という、当時の話です。

いつか高嶋監督にお会いできたら、この話をしてみたいなぁ、と思います。

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