子どもができたので価値観変わってみた
はじめに
子どもが産まれたことをきっかけに、本を読んで、人生を考えるようになりました。オフラインで人に会わなくなったし、会っても真面目な話をするチャンスがないのでここにまとめてみます。
読んだ本からの受け売り多めです。批判的な思考はこれから身につけていきたいです。
就活で「負けた」
就活がうまくいかなかったことをきっかけに、自分は世の中に対して窮屈さを感じるようになりました。
外銀やらコンサルのピカピカ内定をもらう友人がいる中、自分はメガバンクに拾っていただきました。
目的があってのメガバンクならいいのですが、そういうわけでもなく、、
テスト勉強は得意な方で、大学までのらりくらりやってこれた自分にとっての大きな挫折の経験でした。
以降「Amazon/Googleに転職しました!」的な成功ポストを見つけるたび、世の中の序列における自分の「負け」をボディブローのように味わうことになりました。
育休中に勉強したこと
子どもが生まれてから、1ヶ月以上育休をとって、がっつり日常から離れることができました。
赤ちゃんの世話をしつつも本を読んで、ゆっくり考え事をするいい時間になりました。
そんな中で、『人新世の資本論』という本に出会いました。
この本はマルクス経済学の研究者である斉藤幸平さんが『資本論』をベースに資本主義に替わる社会体制を提示したベストセラーで、自分は大きな衝撃を受けました。
世の中に対してイヤな感じがしてる人は他にもいて、それは資本主義(特に新自由主義)というイデオロギーから生まれていて、資本主義以外の世界もアリなんだ、ということを知ることができました。
苦しんでいることに対して、お薬を出してもらってるような感覚がクセになって、読書が楽しくなってしまって、ペースがぐんと上がりました。
現実辛い
世の中がどうなっているのか知るにつれて、子供が生きるであろう未来を憂う、という感情を味わいました。
リアルに息子が生きる可能性がある100年後とかには、「もう地球で生きていくのは無理だね」となるぐらい環境問題が深刻化してるかもしれないし、
より露骨な格差の中で生きなければいけないかもしれない。
また、親世代と比較した自分世代のしんどさもわかってきました。
子育ては自己責任化していて、昔よりも経済的、時間的な負担が大きい。
終身雇用はないけど年収の何倍もの多額の借金をしないと家が買えない。
年収1,000万円ある人の暮らしぶりを見てるとまだまだ窮屈そうだし、「じゃあどこまで頑張ればいいの?」と思っちゃいました。
今世の中にある問題がわかってくるにつれて、それに対して無関心な人が多く、事が前に進んでいないことにもしんどさを感じる様になりました。
自分も無関心な人の一人だったわけですが、、
前は「世の中が辛いことに溢れている」という人に対して、「繊細な人もいたもんだなぁ」と思ってたけど、なるほどこういうことだったんですね。と思っています。
エンジニアとして考えること
エンジニアとしてはまた別の辛さがあります。
一般社会以上に、GAFAなしでは生きれない世界だからです。
テックジャイアントたちのあまり褒められたものじゃない一面を勉強してきた自分にとってはもどかしい思いです。
一方でエンジニアの世界にも、ノウハウをシェアする文化が根付いていて、それはとてもいいことだと思っています。
例えばOSSという、無償で公開されていて、みんなでソースコードを改良していくソフトウェアが無数にあったりします。
前読んだオードリー・タンの本に、「プログラミング思考とは、課題解決のため他者と協力しながら進んでいくことである。」といったような内容が書いてありました。
業界の中でバリバリやってきた人がプログラミングの本質を協力することに見出した、というのは大きな希望だなと思いました。
自分としては、これからも社会課題について勉強を続けた上で、スキルを正しい(と自分が信じられる)方向に向けることに意識的であり続けたいなと思います。
エンジニアの中には、技術力を極限まで高めたいというタイプと、事業を成功させたいというタイプはいっぱいいるかと思うんですが、
自分のような考えの人には出会ったことがないので、そういう人がいたら一緒に何か作りたいと思う今日この頃です。
自分なりの幸せ
読書を通して世の中の嫌な面を再認識しましたが、同時に自覚したのは、自分が子どもの成長を喜ぶ毎日から、幸せを感じながら生活できているということです。
必要以上のなにかを買ったり、どこかにいったり、「消費すること」って、「新しいモデル」とか「有名店」とかの情報を消費してるだけで、実は幸福につながっていんだ、ということも勉強できたので、
だったら、自分が知っているこの幸せに対する感度をしっかり持っておくことが、世知辛い世の中を生きていくのに重要なんだろうなと思いました。
こうして自分の価値観は変わって、twitterで子どもの成長記録を垂れ流す様になりました。
世間一般にとっての幸せではない、自分にとっての幸せがぼんやり見えてきて、今まで感じていた劣等感は存在感がだいぶ薄まりました。
育休期間という「暇」がないと人生観みたいなことは考えられなかったと思うので、今後はこういう時間をできるだけ確保して生きていきたいなと思います。
まだ手がかりを掴んだにすぎない気がするので、今後も暇人でありたいと思います。
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