遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その10
記録係が俺と下川九段の顔を見ながら結果を確認する。
「コミを入れまして白番・相庭五段の1.5目勝ちとなります」
囲碁にはコミというルールがある。黒が先に打ち有利なため白は整地(陣地の計算)で6.5目が加算される。今日の対局だと黒の下川九段が60目、白の俺が55目+6.5目=61.5目となり1.5目だけ逃げ切った内容となった。ちなみに目とは陣地の単位だ。
記録係が言い終わると同時に記者たちが対局室に入ってくる。
「相庭五段…いや六段昇格と棋星リーグ入りおめでとうございます!」
「もちろん引退せず、プロ棋士を続けますよね?」
「今の気持ちをお聞かせください!」
矢継ぎ早に質問され写真を撮られるが、これだけフラッシュを浴びるのはプロ試験に合格した時以来だろうか。
電池切れした玩具のように思考が止まっているが、何とか口を開く。
「リストラ…じゃなくて引退を回避できてホッとしています」
「もう少しプロ棋士を続けられるので、棋星戦リーグでも少しでも内容の良い満足のいく碁を打ちたいです」
そう答えるのが精いっぱいで、神崎師匠も参加した局後の検討も軽く済ませた。その後に高村から棋星リーグ入りに伴い正式に六段に昇段したこと、同時に引退勧告を取り下げたことが伝えられた。
師匠はお孫さんと帰り、俺は高村が呼んでくれたタクシーに乗って何とかアパートまで帰り、安堵のせいか泥のように眠った。
その11へ続く
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