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金融制裁とイギリスの構造的問題(RUSIの記事)

 2022年2月28日に英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)は、ロシアに対する金融制裁とイギリスの構造的問題に関する記事を発表した。内容は、金融制裁ではイギリスの金融業界における構造的問題は解決されないことを指摘し、あるべき政策を提言するものである。
イギリスはマネーロンダリング対策を打ち出しているものの、実質が伴わず、むしろマネーロンダリングの温床になっており、ロシアの違法金融資産も隠蔽されていると言われている。西側諸国が一致して経済制裁していると言っても、金融システムに穴が開いているのであり、そう簡単に経済制裁を成功させることができない。日本の制裁も掛け声倒れに終わる可能性も高いことから、今後生じる問題点を考える参考として本記事の概要を紹介させていただく。

↓リンク先(Don’t Expect Sanctions to Fix the UK’s Systemic Illicit Finance Problems)
https://rusi.org/explore-our-research/publications/commentary/dont-expect-sanctions-fix-uks-systemic-illicit-finance-problems

1.RUSIの記事について
 ・ロシアのウクライナ侵攻に伴い、イギリスは矢継ぎ早に金融制裁を発動した。このことにより、ロシアは大きな経済的損失を被ることにはなるが、イギリスにおける違法金融蔓延の状況が改善されるわけではない。しかし、ジョンソン首相をはじめとしたリーダー達は、このことを理解していないようだ。
 ・ジョンソン首相は違法金融との格闘に全霊を尽くすとし、ロシアの違法資産を根絶すると発言した。同時にロシアの違法資産の問題を抱えていることも認め、実質的にロシアが所有者となっている資産や企業の状況を明らかにするとも発表した。
  しかし、なぜそもそもロシアは資産を隠すことができたのかを考えると、これらの主張を額面通り受け取ることはできない。
 ・ジョンソン政権は必要な、法案を廃案にしたり、法人登記制度の改革を繰り返し延期したりなど、機会を逸してきた。情報収集や調査能力の強化についても、十分な予算が計上されず、暗号資産や犯罪集団に打ち負かされ続けている。
  この状況を鑑み、政府は先日の議会において、イースター前に棚上げされた経済犯罪法を可決させ、不明資産調査命令を強化すると発表したが、この命令は万能薬にはなりえていない。次に海外資産や会社所有名義の登記に関する改革を推進すると発表したが、ジョンソン政権は意図的に本取り組みを先延ばしにしており、アグニュー大臣が辞任する要因ともなった。更にロシアの不正資産対策として、国家犯罪対策庁内に暗号資産班を創設すると突然に発表したが、同庁にはすでに不正資産対策班が存在しており、単なる宣伝文句に過ぎない。
 ・不正資産はウクライナ侵攻に伴って不正になったのではなく、数十年間もすでに存在し続けてきたものである。従って新しい法案が必要となる状況であることは確かであるが、当面は根源的な問題解決に取り組み、すでにあるツールを有効活用するべきだろう。
  第一に、リーダーシップを明確化するべきである。違法金融対策は省庁間の連携が重要であり、所管する省庁や大臣を明確化することで適切に調整を図るべきである。
  第二に、優先順位付けが重要である。発表された制裁はすでに存在している法的枠組みを言い換えただけであり、明確な方針を欠いている。これは、政府内にロシアとつながりのある高官を特定しきれいていないという事情も絡んでおり、国家安全保障問題として位置づけて政府全体で取り組むべきである。
  第三に、資源の配分である。イギリスには法的枠組みが存在するものの、その多くが十分に活用されていない。フロント企業などの調査権限があるものの十分に活用されておらず、ジャーナリストよりも問題を把握できていない。
 ・制裁は、他者に行動を促す政策である。これは民間企業等に義務を押し付け、政府は何もしないというものであり、違法金融の温床としての地位を解決するという本質的な問題に取り組まないということである。必要なのは制裁ではなく、政府による主体的な取り組みである。
 
 
2.本記事についての感想
 経済的自由と経済的繁栄は相伴う関係性にあることが多く、金融規制や制裁は経済的損失につながりうる。ブレクジット後の経済停滞などを踏まえ、ジョンソン政権はこういった規制方面の政策には熱心ではなかったと言える。しかしウクライナ危機に伴い、取り組まないわけにはいかない状況になっており、イギリスも本腰を入れているように見える。
しかしながら構造的問題は解決しておらず、急に規制を強めてもこれまでの商慣行が改められるわけではなく、継続的な取り組みが必要になる。制裁は結局銀行などの民間企業に負担を求めるのがほとんどであり、政府による主体的な取り組みとは言えない。腐敗した金融業界の既得権益をいかに崩していくかが重要であり、ジョンソン政権の腕前が問われることになるだろう。もし政策的に失敗すれば、ロシアが経済制裁をすり抜けることになり、穴の開いたバケツとして批判されることになるだろう。
 一部には経済制裁は効果がなく、暗号資産による抜け穴を指摘する声もあるが、私はそれほど脅威ではないと考えている。暗号資産は貴金属やコモディティに近い性質を持っており、安定した価格を維持できないことから、信頼できる資産として取り扱うことは難しく、広範囲に商取引で用いられにくいことから、部分的な影響に留まるだろう。やはりスウィフトなどの正規ルートを塞ぐことで多額の資金を動かせなくすることが有効になると考えられる。
 日本も経済制裁に参加しているが、その取り組みはあまり実効性を伴わないように見える。マネーロンダリングの規制についてのFATFの評価も低く、金融機関にもそういったノウハウもなさそうであり、ここで経験を積んで教訓を得るぐらいしかできないだろう。
 今回の経済制裁でロシアが苦境に陥っていることは明らかであるが、こちらが思っているほど苦しんでいるわけではないだろう。また国民が苦しんでも、プーチン政権が揺らぐとは限らない。むしろ独裁権力が強化される可能性すらある。

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