見出し画像

そんなことは君の価値を1mmも毀損しないのだ

だいぶ恥ずかしいしカッコ悪いし書こうかどうか悩みましたが三方ヶ原の家康よろしく自分の失敗こそ残しておこうと思いここに告白します。

30年ほど前まだ学生だった頃、私は地方の強豪水泳部に所属していました。青春のほとんどを水泳に費やし水泳が生活の中心でした。とはいえ私自身は大した選手ではなく人に誇れるような立派な成績を残すことはできませんでした。
それでも3年間その強豪校で過ごしたことは小さな自慢でした。
物心ついた時には泳げるようになり、スイミングスクールで選手コースに入り強豪校で挫折しそれでもなんとかやり遂げた、という気持ちでした。思い残すことなく現役生活を終えることができました。
そこからたくさんのことを学びましたが1番思ったのは水泳は金にならない、というシンプルな結論でした。

時が流れこんな私も人の親になりました。子供には何か習い事をやってもらいたいと考えていましたが水泳だけは真剣にはやらせるまい、と思っていました。やるならせめて遊泳止まりにしてほしいと。将棋とかブームだし知的に見えるしいいんじゃないかな…。水泳は金にならないからダメ…ゴルフはおススメ…公文式は鉄板…などとブツブツ考えています。

去年、息子は1年生になりました。夏休みにはプールへ遊びに行きました。最初は水にびくびく怯えていた息子も最後には浮き輪の上で余裕で寝そべり流れるプールを満喫していました。これには私も満足しました。
そして息子が2年生になった今年7月のある日、学校でプールの授業がありました。2年生の目標は伏し浮き5秒間です。

これを5秒間

伏し浮きとは読んで字のごとく伏して浮く…要するに水死体のように水に浮いていればいいのです。そしてこの水死体が事件を引き起こしました。

「おれ、伏し浮きできひんねん!だから体育の成績あかんかも!」悪びれることなくそう言いました。私は動揺を隠せませんでした。私が彼の年齢の時はもう25m泳ぐことも出来たからです。
お風呂で練習することにしました。
「でも、顔つけは難しくないよ。鼻から息を吐けばええだけやから…」
「やり方わからん」
「人間の鼻は下向きについてるから元々普通にしてても空気は入らんよ」
「でも、鼻に水入ったら痛いもん」
「それはそうやけど水に顔つけるぐらいは簡単やで」
「父ちゃん、やってみてよ」
やって見せた。
「ほら、簡単やろ?」
「でも、俺はできひんもん」
じゃあなんでやらせたんじゃい…。
「いや、出来るって」
「無理やって」
「じゃあ、シャワーからはじめようや」
「いやや」
「ちょっとだけ…かけるぞ?」
「いやー!!げほげほ」
水を飲んでしまったようです。
「だ、大丈夫か?」

「父ちゃん、ごめん。やっぱ俺できひん…」

この言葉はだいぶ私に刺さりました。知らない間に私は息子を虐待していたのです。ショックでした。子供はあくまで他人であり自分の分身ではないと何度も言い聞かせていたのに。やりたくないことを無理にやらせてはいけないと理解していたのに。

悪いのは勝手に期待した父親なのに。

私は私の行動にひどく落ち込みました。あまりに恥ずかしい。伏し浮きが出来ない、水に顔つけができない。そんなことは君の価値を1mmも毀損しないのに。

「じゃあ、まあ今年はいいとしていつかは顔つけできるように頑張ろうや」
「うーん…」
「なんで? 難しくないで?」
「でも…」
「……出来るかどうかわからない事を父ちゃんと約束したくない?」
息子は黙って頷いた。
「嘘はつきたくない?」
もう一度頷いた。

恥の上塗りとはこのことだった。7歳の子どもに気を使わせてしまった。それも2回も。そしてこの話は私からしなくなった。

息子が寝静まった後、私はこの件を妻に告白した。
妻は話を聞いて私の背をさすってくれた。


寄進を集めています