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指先をじんと温めながら

※この記事には演劇のネタバレが含まれていますので苦手な方は閲覧をご遠慮ください。


BOOKSHOP NIGHTにお邪魔してきました。
夜の本屋で開かれる、静かでひそやかなライブイベントーー…
第四回目となる12月17日に、当日券で滑り込みました。下北沢駅からほど近い会場まで、駆け足で向かいました。あそこはなんとも言えない、何者かになりたがっている若者の青臭さがあって私は好きです。缶チューハイを片手に、彼女らはどこへ行くのでしょう。赤いベロアのハットを被った男性が隣の黄色いシャツを着た男性と映画について話しているのを片耳で聴きました。古着屋にはブラウンのアーガイル柄のセーターが寂しく揺れています。古着屋のセーターは洗い方の問題なのか、ゴワゴワしていて優しくないような気がします。何軒かめの服屋を抜けて、階段を上がった先に果たしてその本屋はありました。
白黒の「BOOKSHOP TRAVELLER」の看板が見えます。
中に入ってランプを受け取ると、私は他の参加者の皆さんと同じくこの空間の住人に変わりました。暗闇の中にランプの灯りがぼぉっと浮かび、まるで秘密の儀式に参加しているような気分になりました。ランプを近づけないと本のタイトルが見えません。本を開いても私の視力では細かい字までは読むことができませんでした。
 そこにはさまざまな本屋がありました。詩、旅情報が載っている豆本、スパイスから作るカレーの作り方、手製本、悪魔の召喚の仕方、採用試験のHow to 本…。ジャンルにとらわれないさまざまな本たちが小さなスペースに活き活きとひしめいていました。手にとってみるものの、彼らは睡眠をしているようで、私もなかなか本を開くまではいきませんでした。彼らの睡眠を邪魔したくはなかったし、私も活字を読むには気力が足りませんでした。他の参加者も似たようなもので、満足げに背表紙を見つめたり、今のうちとでもいうかのようにお金と引き換えに「攫って」しまう人もいました。

19時45分、利根川風太さんによる独演が始まりました。

 冬の河川敷、ある一人の男が自分の描いた油絵を燃やしに焚き火をしていた。キャンバスに書かれたそれはなかなか思うように燃やすことができず、男は地道に一枚一枚燃やしていたのだが、最後の一枚をくべた時に炎の向こう側に少年が立っているのを認めた。夜にもかかわらず、家に帰らなくてもいいというその少年は、男の隣に座った。少年が話し始める。
少年は「ぞう」が好きだったという。少年の説明を聞くにその「ぞう」とは恐らく公園の遊具で、ある一人の児童が怪我をしたことによって撤去されてしまったようだった。
 少年は撤去されてしまったことを嘆くが、男は何もしなかった君が悪いと非難する。少年の「ぞう」に対する愛情よりも撤去をした多くの苦情の方が行政や管理者に届いたのだ、と。

最後のオチには思わず失笑してしまったが、利根川さんの優しい声とリアルな台詞回しが最高な演劇でした。

言葉が「響く」。きっと最後まで男と少年は分かりあうことはなかったでしょう。年齢も、立場も責任も違った関係で彼らはお互いの名前すら知らなかった。でもきっと、彼らが発した言葉はお互いの心に響いたのです。それはコミュニケーションの先にある、精神的な営みだと思います。
響いた言葉はその時は分からなくてもずっと心の中に反芻し、残っています。このトニと目のない文章を読んでいるあなたにもそんな豊かな経験があるはずです。

大きく深呼吸をして、小さなクリスマスプレゼントをポケットに押し込みながら、会場を後にしました。外は雨が降っていて、やはり今日は「彼ら」を攫わずに帰って良かったと、張り詰めた空気を肌で感じながら、井の頭線の改札を十分な残高のある交通系ICで通り抜けました。


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