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さかいめ

 どこまでも灰色のひび割れた地面が広がるこの世界で、傷ひとつなく無事に現存する建物を見つけられるとは思っていなかった。ましてや、雲の中にまで伸びているような、巨大超高層ビルがあるだなんて。
「なんだァ、これ……」
 そのビルはとにかく高かった。人間にこんな建物が作れるのか疑問に思うぐらいだ。壁はレンガだの一面のガラス窓だのただの布切れだのと、思いつく限り全ての素材が使われており、まだら状の様相を呈していた。
 それらを同じ壁の面に使用するのがまずいことは、建築に明るくないおれでもわかることだが、何故か問題ないらしい。建築に使う素材ですらないものもある。上へと目を凝らすとなにやらとうもろこしが敷き詰められている真っ黄色の壁も見えた。異様な建物である。
 ビルを見つけたのは丁度半日前だった。拠点にしている水場を長らく覆っていた霧が晴れ、ふと東を見ると細長いシルエットが天に伸びていたのだ。
 こんな特徴的な建物を見逃すことなんてあるか? いや、ない。食物で一部が構成されている建物などあり得ないので、おれの幻覚である可能性も十二分にある。
 恐る恐る入り口の扉に手を伸ばすと、自動ドアが駆動するモーター音と、足の裏に触れる毛足の短い大きな玄関マットの感覚がおれをくすぐった。まいったな、現実だ。それを思い知らしめるように、入り口近くの黒い鏡面のような壁におれの姿が写っている。つぎはぎだらけの適当な布を纏い、髭と髪を伸ばしたまま、砂埃と自身の垢でボロ雑巾のように汚れたおれ。この姿も現実か。鏡を見ていないのでわからない。おそらくそうなのだろう。汚らしい中年になってしまった。
 久しぶりに聞いた、おれの呼吸音以外の音。乾いた地面以外の感覚。外に漏れる人工的な光。長い間触れてこなかった刺激が、体はどうも受け付けないらしい。ぞわぞわと全身に鳥肌がたつのを感じながら──実際ビルに対してかなり期待しているのだが──中へと入った。

【続く】

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