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電車遅延と「お待ちどおさま」

 ある日の帰り道。
 その日はやたらと電車の遅延が続いた。ある路線では信号機故障、また別の路線では車両点検… という風に。

 私が乗った電車内でも車掌から、「少々見合わせます」というアナウンスが入ってきた。どうやらある踏切で、自転車の立ち往生があったらしい。人身事故などの大きな遅延ならまだしも、これぐらいなら遅延といってもたかが知れている。別に急いでいるというわけでもなかったので、私は
(そんなもんか)
 ぐらいの感覚でスマートフォンをいじっていた。

 そして5分も経たないうちに、車掌からアナウンスが入った。

「お待ちどおさまでした。安全の確認が取れましたので運転再開します」

 とりあえず運転再開するということで小さく安堵する。「大したことはない」という見積もりはあったものの、予想外のことで遅延が長引くこともある… え? 「お待ちどおさま」?

 こういう遅延の際、「お待たせしました」と言われたことは過去何度もある。遅延の時間が長かったりすると「お急ぎのところ大変申し訳ありませんでした」と丁寧めに言われたりもする。
 しかし、特に電車のアナウンスで「お待ちどおさま」というのは、私自身はその時初めて聞いた。そして違和感も感じた。

 その場で気になり、手持ちのスマートフォンで調べてみると、Yahoo!知恵袋でこんな回答に行き着いた。

 質問内容は私のそれと同じシチュエーションで、それに対してベストアンサーとなった回答者は『なれなれしい表現であり、そのような場合に使うのは不謹慎』と、だいぶ厳しい口調でその表現を批判している。

 とはいえ、どこか親近感を感じさせる表現であることには違いない。ファーストフード店なんかですら「お待たせしました」とは言っても、「お待ちどおさま」と言っているのを聞いたことはない(と思う)。
 下のほうの回答を見ると「定食屋のおばちゃん」が使いそうとのことで、親しい間柄、または「なれなれ」しく使われる表現というイメージというのには少し納得がいく。

 手元の電子辞書で調べる限りでは、例解新国語辞典の意味がイメージがこうしたニュアンスを一番捉えている。

おまちどおさま【お待ち遠様】
〈名・感〉人を待たせたときに、お待たせしました、と少しわびる気持ちでかけるあいさつのことば

例解新国語辞典第七版より、本文太字引用者

 この「少し」という部分が相手に軽い、ひいては「なれなれしい」というイメージを持たせてしまうところなのかもしれない。「あいさつのことば」というのも形式的というイメージがあって、今回のシチュエーションではそれもポイントであると思う。
 他の辞書を確認すると「相手を待たせたときにわびる気持ちでいう、あいさつの語」(明鏡国語辞典)、「人をまたせた場合の挨拶語」(広辞苑第五版)と、表現は違うが、「あいさつ」であるという点を示す辞書がいくつかあった。

 ただし一方でデジタル大辞泉では単に「人を待たせたときに、わびる気持ちで言う語」とのみ記されており、これだけを見たら電車遅延に「お待ちどおさま」と言うのも語法としては間違っていないようにも聞こえてしまう。ひょっとしたらその車掌さんも一度辞書で調べ、この大辞泉の意味・語法を採用したのかもしれない。
 ちなみにこのYahoo!知恵袋の質問は2006年のものであり、少なくともこの20年弱、電車遅延に対し「お待ちどおさま」とアナウンスした方は1-2人は少なくともいるということになる。

 色々考えてはみたが、最後は話者の主観による、というところになるのだろうか。個人的には「不謹慎」とまでは言わないが、「お待ちどおさま」はポジティブな場面で使いたい。たとえば子供の好物であるハンバーグが完成したとき、子供の「やったー!」が聞こえてきそうなシチュエーションで、母親が「はい、お待ちどおさま」と使いたい表現であるような気がする。

 確かに、運転再開も嬉しいっちゃ嬉しいけど… 

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