ダメになる会話「自殺には向かない日」

中年男「こんばんは。ちょっといいかな?」
若い男「なんですか。あなたは。」
中年男「時計をどっかに無くしてしまってね。今何時かな?」
若い男「あの、この状況、見たらわかると思うんですけど。」
中年男「どうやら君は、そこから飛び降りようとしているようだね。自殺するつもりかね?」
若い男「わかったらほっといてください。」
中年男「これから自殺するからって人に親切にしちゃいけない理由はないだろう?」
若い男「面倒な人だなぁ。11時54分ですよ。これでいいですか?」
中年男「ありがとう。ところでなんでこっから飛び降りようとしてるの?」
若い男「見ず知らずのあなたに話したってどうにもならない事です。」
中年男「しかし君がここで飛び降りるのを黙ってみている訳にはいかない。」
若い男「じゃあ歌でも歌っててください。」
中年男「む?そう来たか。ちょっと想像してみていいか?」
若い男「ご自由に。」
中年男「むぅ…想像するにかなり私が間抜けな人に、っておい!」
若い男「なんですか。」
中年男「人が想像膨らましてる間に飛び降りようとするな。」
若い男「あなたの空想に付き合う理由がありませんから。」
中年男「これから飛び降りようというのにずいぶん冷静だな。」
若い男「取り乱して飛び降りるわけじゃありませんから。よくよく考えて出した結論なので、迷いもありません。」
中年男「しかし、私は困るのだ。」
若い男「どうしてですか?あ、このビルのオーナーさんですか?だとしたら確かに迷惑がかかりますね。」
中年男「残念ながら私は通りすがりの者だ。」
若い男「じゃあほっといてくださいよ。自殺したい人間には、それなりの事情ってものがあるんですから。」
中年男「それはわかる。」
若い男「じゃあ止めないで下さい。」
中年男「どうも君は誤解しているようだが、私は君の自殺を止めるつもりはない。」
若い男「さっきから止めてるじゃ無いですか。」
中年男「場所が問題なのだよ。」
若い男「場所?」
中年男「君が電車に飛び込もうが毒を飲もうが大福20個イッキ食いしようが別に構わない。」
若い男「死ねるかどうか微妙なのが混じってた。」
中年男「電車に飛び込んだら大抵死ぬぞ?」
若い男「それじゃない。」
中年男「まあとにかく、この場所から飛び降りられるのは困るんだ。」
若い男「どうしてですか?ここは僕が自殺を決めてから探しまわった飛び降りに最適な場所なんです。」
中年男「最適とは?」
若い男「確実に死ねる高さ、夜景の綺麗さ、飛び降り後の発見のされやすさ、それでいて下にいる人を巻き込まないロケーション。」
中年男「律儀な性格がうかがえるな。」
若い男「ここはまさに”ベスト・オブ・飛び降りスポット”なんですよ。」
中年男「人気のレジャースポットみたいな言い方だな。
若い男「だからここ以外無いんです。」
中年男「なるほど、君がここを選んだ理由は良くわかった。しかしこれだけはゆずれない。」
若い男「何がゆずれないんですか?」
中年男「今日ここから飛び降りるのは私だ!」
若い男「え?」

中年男「私も今日ここから飛び降りるつもりだったのだ。」
若い男「それは奇遇ですね。」
中年男「それで屋上に来てみたら先客がいるじゃないか。」
若い男「そんな事言われてもなあ。」
中年男「わかったかね。今日のところは私にゆずって、君は後日飛び降りなさい。」
若い男「嫌ですよ。僕のほうが先に来てたんだから、早い者勝ちです。」
中年男「こんな時まで勝ち負けにこだわるのか。そんな事では将来大物になれんぞ?」
若い男「将来が気になる人間は自殺なんかしません。それに、僕のあとであなたも飛び降りればいいじゃないですか。」
中年男「そんな事したら発見された時に男二人で心中したみたいに見えるじゃないか。」
若い男「それはやだなぁ。じゃあ明日でも明後日でも、日をずらせばいい。」
中年男「そういうわけにもいかない。君が飛び降りてしまったらここは警察が捜査のため封鎖してしまう。」
若い男「なら、別の場所で飛び降りたら?」
中年男「君だって言ってただろう、ここは”ベスト・オブ・飛び降りスポット”なんだよ!」

若い男「流行りのレジャースポットじゃ無いんだから。」
中年男「君こそ別の日にしたまえ。」
若い男「ダメですよ。星の動き、バイオリズム、風水全ての条件が良好で、かつ大安吉日なのは今日を逃すとあと16年は来ないんです。」
中年男「これから死のうっていうのにそこまで縁起をかつがなくてもいいじゃ無いか。」
若い男「そういう事がゆずれない性格なんだから仕方ないじゃ無いですか。」
中年男「じゃあ16年後にしたまえ。」
若い男「なんて身勝手な提案だ。あと16年生きるつもりがあったら自殺なんかしませんよ。」
中年男「なあ、自殺なんかよせって。自殺なんてバカのすることだぞ?」
若い男「気づいてます?自分の事バカだって言ってますよ?」
中年男「誰がバカだ!」
若い男「今の場合はあなたです。」
中年男「くぅっ!ではこうしよう!ここから飛び降りる権利を金で買おうじゃないか!」
若い男「あなた正気ですか?これから死のうって人間にお金がなんになるんです。」
中年男「俺だってこれから死ぬんだからもっててもしかたがない。金があれば自殺せずにすむ場合もあるだろう。さぁ、いくらでその権利を売ってくれる?」
若い男「じゃあ1億円。」
中年男「くそっ!二千円しかもってない。」
若い男「それでよく金で買う提案を出しましたね。」
中年男「さっき飲み屋で六千円使っちゃった。」
若い男「それ足しても八千円しかないじゃないですか。バカにしてるんですか。」
中年男「誰がバカだ!」
若い男「この場合もあなたです。」
中年男「くぅっ!どうしても譲ってはもらえないか。」
若い男「すみません。何でしたら僕が探した中でここと僅差で争った第2位の場所を教えましょうか?」
中年男「だったら10位からランキング形式で発表してもらえないか?」
若い男「わかると思いますけど今僕そこまで楽しい気分じゃないんで無理です。」
中年男「あー、でももう1位がネタバレしちゃってるからなぁ〜。」
若い男「ですよね。だからやりません。もういいですか?」
中年男「どうしてもダメか。仕方がない。日が悪かったと諦めるしかないか。」
若い男「諦めてもらえて助かります。」
中年男「ところで、たびたび聞いて悪いんだが…」
若い男「なんです?」
中年男「今何時かね?」
若い男「12時3分ですよ。……あっ!」
中年男「では帰るとするか。なあ君、縁があったら16年後にまた会おう。」
-END-

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