ダメになる会話「世間知らず」

店員「いらっしゃいませー」

客 「あの、すみません。」

店員「はい、なんでしょう?」

客 「テレビが欲しいんですが。」

店員「えっ?テレビですか?」

客 「ええと、こう、四角くて、けっこう大きくて、動く絵と声が流れて…」

店員「あ、いえ、テレビが何かは知ってます。大丈夫です。」

客 「そうなんですか、失礼しました。驚かれているようだったので、御存知ないのかと思って。」

店員「すみません、そうじゃなくてですね、こちらはその、いわゆるコンビニでして、テレビはとり扱っておりません。」

客 「そうなんですか。すみません。コンビニに行けば大抵のものは売ってると聞いていたものですから。」

店員「ご期待に添えず申し訳ないのですが、そういった家電製品のたぐいは扱っておりません。」

客 「じゃあ、冷蔵庫もここでは買えませんか?」

店員「無理です。売ってません。」

客 「少しいったところにもコンビニがありますが、そちらでもダメでしょうか?」

店員「他店のことは正確には分かりかねますが、おそらく、かなり高い確率でテレビも冷蔵庫も洗濯機も売っていないと思いますよ。」

客 「洗濯機もですか。なんて事だ…いったいどこで買えばいいのだろう…」

店員「あの、そういった物を買いたいのでしたら少し先にあるヨドバシカメラさんに行かれてはいかがですか?」

客 「ご親切にどうも。しかし、カメラを買う予定は無いのです。」

店員「いやいや、ヨドバシカメラさんにテレビも洗濯機も売ってるんですよ。」

客 「えっ?テレビや洗濯機はカメラ屋さんで買うものなんですか?」

店員「あー、いや、なんというか、ヨドバシカメラさんはカメラ屋さんではないんですよ。」

客 「ヨドバシカメラなのにカメラを売っていないんですか?!」

店員「いや、すみません、言い方がわるかったかな、カメラも売ってます。」

客 「な、なんて難しいんだ…やはり、爺やの言う通り、私に一人暮らしはまだ早かったのかもしれません。」

店員「いや、そんな難しい事ではないんですが…」

客 「いえ、ありがとうございます。助かりました。それにしても、ここがコンビニなんですね。初めて来ました。」

店員「初めてですか。まあ、何事にも初めてという時はありますよね。」

客 「ええ、日々の買い物は召使い達がすませてしまうのです。それでは…えーと…」

店員「どうされました?」

客 「店内の案内はどなたにお願いすればいいんでしょうか?」

店員「申し訳ありません。コンビニに案内係はおりません。」

客 「ええ?!それじゃあ、みんな好き勝手に見て回ってしまうじゃないですか?」

店員「たいがい皆様そうされてます。だいたい好き勝手に見て回られて、好き勝手にお買い上げになります。」

客 「こんなにたくさんの商品の中から本当に必要な物を自分で選別して買うなんて、僕にできるだろうか…」

店員「そんなだいそれた事でも無いんですけどね。むしろ、今まではどんな買い物の仕方だったんですか?」

客 「何か欲しい物が出来たら、まず須崎に言います。」

店員「須崎?」

客 「私の専属の運転手です。」

店員「ああー…なるほど。」

客 「すると須崎が店まで車でつれていってくれます。」

店員「その後は?」

客 「お店では支配人が待っていて、その日の案内係を紹介され、僕が希望をいくつかあげると、それにもっとも近い商品のところに連れて行ってくれる、という感じです。」

店員「なんというか…本当にいるんですね、そういう暮らししてる人。でも、もっと細かい物が必要になる事もあるでしょう?例えばそうだな…シャーペンの芯が切れちゃった時、とか。」

客 「芯が切れたらそれは捨てて、新しいのを使いますけど?」

店員「もしかして芯が切れるたびにシャーペンを捨ててるんですか?芯を買わずに?」

客 「えっ?!芯って売ってるんですか?!」

店員「売ってますよ。二百円で売ってますよ。」

客 「意外に高いんですね、あんなの一本で二百円もするんですか?」

店員「一本づつは売って無いですよ。40本のセットです。」

客 「あんな細いシャーペンに芯が40本も入るんですか?!」

店員「いや、入れるのは1、2本ですよ!」

客 「ええっ?!じゃあ残りの38本は捨ててしまうんですか?!」

店員「なんで捨てるんですかっ!とっておいてください!また芯が切れるその日まで大事にケースに入れておいてください!」

客 「ではそのケースはおいくらですか?!」

店員「ケースがついて二百円です!」

客 「なるほど!納得です!」

店員「わかっていただけて何よりです。」

客 「いやあ、何もかも新鮮です。」

店員「しかし、ここまで世間知らずの状態で、一人暮らしはさすがに無理じゃないですか?」

客 「ええ、そうかもしれません。しかしこのまま何もかも他人の世話になっていていいはずがない。困難な道かもしれませんが、ぎりぎりまで頑張ってみるつもりです。」

店員「そうですか、いえ、とても良い事だと思います。どうぞ頑張ってください。」

客 「ありがとうございます。それでは今日はこれで。おい須崎、帰るぞ。車を回してくれ。」

店員「その人連れて来ちゃダメだろ。」

-END-


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