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猫と微熱

4月6日月曜日。晴れ。外は強い風が吹いているらしいが、家の中は窓からの日差しが穏やかに差し込むだけで、穏やかな空気に満ちている。

家には私一人で、いや、猫が、猫も二匹いる。さっきまで娘のおもちゃのボールを取り合ってリビング中を駆けずり回っていたが、ボールが家具の後ろに入ってとれなくなってしまいゲームセット。急に消えてしまった獲物を探してしばらく所在なさげにうろうろしていたが、諦めたらしく、今は二匹寄り添って窓辺でひなたぼっこをしている。さっきの騒ぎなんて嘘のように、ゆったりとした動きでたまにお互いの体を舐め、眠たげな様子で日だまりに目を細めている。

昨日の夜、微熱が出た。37.0℃。何度計っても体温計はそれ以下の数字を表示せず、私はいつもよりも早めに眠りについた。熱以外の咳や鼻水などの症状はなく、体調は「通常時に比べればちょっとダルい」程度の、いつもだったら気のせいにしてしまいそうなぐらいの不調でしかない。でしかないが、今は時期が時期なので早めに眠り、一夜明けて昼になろうとしている今も、家で安静にしている。

夫も仕事を休んでくれた。午前中、私は二階の一部屋に籠もり、布団の中で時間を過ごした。夫が娘を散歩に連れ出してくれた隙に、私はリビングに降りて猫と過ごす。窓辺が暖かくなりすぎたのか、二匹は場所を移し、離ればなれになってくつろいでいる。一匹はソファの上に。もう一匹はキッチン近くの床の上に、ごろりと。

念のため安静にしているものの、さっきも書いたとおり、体はそれほど辛くなく、きっとただの風邪で明日には元気になっているだろう。食欲もある。今は豚汁とバニラアイスがすごく食べたい。後で夫に買い出しをお願いしよう。頭の中の9割ではただの風邪ですぐによくなると思っているのに、残りの1割ほどで「もしかしたら」と思ってしまい、時々不安な気持ちになる。玄関先、夫の隣に立って「いってきます」と笑顔で手を振る娘を見送ったときは、急に心細さがこみ上げてきて、まいった。かけよって抱きしめたくなるのをこらえる。土日にさんざん接触してきたのだからいまさら、とも思うけれど、ただの風邪だとしても、今、娘にうつすのはとてもこわい。

入社したばかりの会社も休んでしまった。4年ほど前からフリーのライターとして働いていたが、少しずつ仕事を整理し、この春から会社に勤務することになった。フリーの仕事はほんの少しだけ継続してるものの、ほんとにほんとにほんの少しだけだ。一年近く、「書くこと」とどうつき合っていくか考えて出した結果だけれど、何もこのタイミングじゃなくてもいいのではないかとすごく悩んだ。踏み出してしまった今も、悩んでいる。

なぜ働き方と仕事を変えることにしたのか。そうした理由や経緯をきちんと文章にして整理したいと思いながら、ずっとできずにいた。何度も書きはじめてはみたけれど、なかなか言葉が出ないのだ。それでも思考のうわべあたりのものをかき集めて文章にしてみると、なんだか白々しかったりやけに言い訳じみたものだったり、そういう言葉ばかりが積み上がり、結局いつもうんざりした気持ちになってやめてしまう。最近は、書こうと試みるのもやめてしまった。仕事や書くことについてだけじゃなくて、自分自身についての他のさまざまなことについても。

それが、今日、微熱と不安をまとう体をソファに投げ出して猫の様子を眺めているうちに、書きたい気持ちが湧き上がってきた。書けそうな予感がした。ほんとかな? と自分自身を訝しながら私は文字を綴りはじめ、こうしていくらかまとまった分量の文章を書くことができた。

なぜなのか。この微熱が、今の異常事態が、理由なのか。それとも、二匹の猫のたわむれがきっかけなのか。それについて考えるのは、また今度にしよう。もうすぐ、夫と娘が帰ってくる。二人を玄関で迎えたら、「おかえり」とだけ伝えてまた別室に戻ろう。そして、ぐっすりと眠り起きたら熱が下がってることを願って、目を閉じることにしよう。

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