ブスの私が整形しない理由
私のnoteを見て、こう思う人もいるかもしれない。
「そんなに美人が羨ましいなら、なぜ整形をしないの?」
私も、これまで整形を考えたことは一度や二度ではない。実際に美容外科でカウンセリングも受けたことがある。
しかし私は結局、整形手術を受けなかった。
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私は、美人かブスかと問われれば間違いなく「ブス」だ。
それは男性たちの対応を見れば一発で分かることであるし。何より私自身、自分の顔を見てそう思う。友人の結婚披露宴で撮られた私の姿は、どう見ても「ドレスを着たねずみ小僧」だった(目が小さく、鼻が低くて横に広がっていて、出っ歯)
しかし同時に思う。
「確かに私はブスだけど、後ろから石を投げられたり、カバンを靴で何度も踏まれなければならないほど罪深い顔なのか?」と。
因みに上記は、私が学生時代に男子生徒から受けた仕打ちである。
整形手術を受けるということは、かつて私に酷いことをした男たちに「お目汚しな顔で生まれて申し訳ございませんでした。整形をして普通の顔にさせていただきます」と頭を下げるような行為に感じて、なんだか嫌だった。
望んでこの顔に生まれてきたわけじゃない。なのにどうしてあんな目にあったのか。どうして私の方が変わらなければならないのか。
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でも、同時に美人との人生の落差も浮き彫りになっていった。前回の記事で美人のあれこれを書いたが、本当はそれ以外にも色々な自慢話を聞かされてきている。
美人は得だ。生まれ持った顔が美しい、ただそれだけで破格の待遇が得られる。
美しければ、もう石を投げつけられることもない。舌打ちされることもない。鼻で笑われることもない。そんな人生がただただ羨ましかった。
私は意を決してカウンセリングを受けた。当時は大学生でまだお金がなかったことと、大掛かりな手術を受ける度胸もなくて、埋没法を受けようと思った。
手術内容の説明があっさりと終わり、先生が「二重になるとどんな感じになるか、再現してみますね」と、私の瞼に棒状の物で二重の線をつける。
二重になった私は ブスだった
もともと奥二重だから劇的な変化がないというのもあったかもしれないが、驚くほどに何も変わらなかった。
結局のところ、目だけの問題じゃないのだ。鼻、口、輪郭。その全てを直さないと、私は「美人」にはなれない…。
その事実に、私は頭をぶん殴られた。「プチ整形で可愛くなれるのは、元が可愛い子」というのは本当だった。それでも「何百万課金してでも、可愛くなって見せる!」という整形垢の人たちのような気概が、私にはなかった。
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綺麗になることを諦めた私に、美人を妬む権利はないかもしれない。
それでも、愚痴くらいは許されてもいいのではないだろうか。私は、美人に危害を加えない。石だって投げつけない。だからブスに冷たい目で見られることくらい、それくらいはどうか
美人料として支払ってくれないだろうか
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