【小説】REVEALS #10
礼司・大我のACT
「では、続きまして、今話題の高校生マジシャン、礼司くんと大我くんです!どうぞ」
司会者が最後の進行を始めた。イベントもいよいよ大詰めだ。彼らがどんなパフォーマンスを見せてくれるのか楽しみである。
「どうも、よろしくお願いします。今日は北川天馬さんに胸を借りるつもりで、しかし、勝ちに来たので、皆さん応援のほど宜しくお願いします。」
こっちの春日井くんは相変わらず人のよさそうな態度を堂々とする。
「今日はかなり準備をしてきました。色々とわがままを聞いていただいてありがとうございました。」
本番の舞台の上で裏方にも気をまわしている。視聴者にはあまり関係がないので、ちょっと気を回しすぎている気もする。
「天馬さんに勝つ為には、目の前でリモート現象が起きている事がわかるのが良いと思いまして、事前にイベント運営の方に生放送に協力してもらえる人を探して貰ったんですよね。」
票を集めるためにかなり力を入れてきたことが伺る。本気で俺を倒しに来たようだ。
「おかげで、これだけ多くの人に協力してもらう事が出来ました。」
巨大モニターには、ざっと20人程度の人がZOOM配信で繋がっている。おおよそ、やろうとしている事の想像はついた。あとは、どのようにして現象をより多く、より確認に起こすかが問題だ。
「今日はよろしくお願いしまーす。」
春日井くんはモニター画面に向かって、望月くんはカメラに向かう手を振った。こっちの望月くんは舞台の上と外ではまるで別人のようだ。
「えーとですね、ここに映っている彼らの中には生配信をしている人もいるそうなんですね。なので、今日のマジックは成功すれば効果が大きいですが、失敗しちゃうとマイナスの影響力が働くと思うので、すごく評価が下がってしまうかもしれないですね。」
「そうなんですよね。僕たちが天馬さんに勝つ為には、大きなリスクを背負わなきゃいけないと思いまして。」
彼らはありがたいことに僕に勝つ為に必死に頑張ってくれているようだ。俺は勝敗にはこだわらず、あれだけ好き勝手やったのに。
「みなさーん!頑張って奇跡を起こしてくださいねー!」
望月くんは冗談で盛り上げるのが上手い。会場の緊張感が緩んでいる。そう言うと、舞台脇に引っ込んで待機した。どうやら春日井くんがパフォーマンスを行うようだ。意外だった。
「じゃあですね、いつものようにカードを選んで貰う訳なんですけど、ソーシャルディスタンスを保つ為にですね、この会場では皆さんには選んで貰いません。なのでモニターをご覧ください。期待していた方、すみません。なので、動画に撮りたい方は良かったらそちらに集中してください。」
なるほど、目の前の客に主観的な経験をさせるよりも、現象に集中しやすいように観覧に徹させたのか、そういう作戦を選んだんだな。
「では、ZOOMの皆さん、今から始めますよー!トランプは持ってきましたかー?持ってたら見せてください。」
全員がカードを持ってカメラに近づけた。準備が整っている事を示している合図のようだ。
「では、これから僕と同じ事をして下さい。そうしていると僕達のいるこちら側と、画面の向こうの状況がリンクしていきます。」
そう言って、カードケースからトランプを取り出した。モニターの中の人たちも同じようにカードケースからトランプを出す。
「トランプは出ましたね。そしたらですね、カメラのアングルを下げてください。そして、トランプが映るのが確認できたら、カードをテーブルに置いて、ぐちゃぐちゃに混ぜちゃってください。こんな風に...」
そう言って、テーブルに置いてあったカードをスプレッドして、混ぜ始めた。これはフォースでは無いらしい。どうやって現象を起こす気なのか。難易度を上げて少ない奇跡の特別感を演出するつもりなのか。春日井くんが演技をしているので、それほど難しい技術は使わないと思うのだが。
「みなさん、カードは混ざりましたかね。そしたらですね、えーと、適当に一枚カードを選んで手に取ってください。」
そう言って無造作にカードを一枚取り出した。そして、モニターを見て彼らが同じ動作をするのを確認した。
「全員取りましたね。では、奇跡のリンクが起きていれば、今からめくるこのカードが一致するはずです。」
そんな馬鹿な。まだ何もトリックは使って無いぞ。これで当たったら本当に奇跡じゃないか。それをたった20人程度の中継でやるなんて、博打も良いところだ。
「では、皆さんせーので、カードを表に向けてくださいね。せーの!」
会場にどよめきが走った。なんと全員がジョーカーを選んでいたのだ。そして、春日井が手に取っていたのもジョーカーだった。こんな事があり得るのか。モニターの向こうの奴らも驚いた様子だった。一体、どんな方法を使ったのだろうか。会場の空気は完全に彼らのものになっていた。
「これだけだと、偶然の一致という可能性もありますよね。調子に乗って、あともう一枚だけ行きましょうか。」
まだ続けると言うのか。
「では、もう一枚カードを選んで行きましょうか。では、適当にもう一枚選んでください。」
再びモニターを確認する。この動きに何か仕掛けが、あるのだろうか。
「選びましたね。では、めくって下さい!」
悲鳴にも近いどよめきが走る。モニターの中の人たちも飛び上がったり、叫んだりと、更に驚いた様子だった。俺も鳥肌が立っぱなしだった。血の気が引いているのは俺だけだろうか。
「はい、スペードのKです。あー、お二人違うカードになってしまいましたね。でも、残りの18 人の方は同じカードになりましたね!手前味噌ですが、奇跡はほぼ起こせたという事で良いでしょうか?!」
「そうだ」と言わんばかりに拍手がわっとなった。それが収まるのと同時に、役目を終えた彼らが配信を切っていく。
「あ、もう一つ。中村愛さん、協力してくれますか?それから、あと1人モニターの人も誰か一人残ってください。」
そう言いながら望月が小走りで割って入ってきた。舞台袖にいた中村愛を指名し、迎えに行った。彼女も拍手に迎えられてステージに上がった。ZOOMからはモニター右下に映っていた男の子が残った。その子は画面いっぱいに映された。
「突然すみません、ご協力に応じて頂いてありがとうございます。少しの間だけお付き合いください。早速ですが、カードを一枚選んで頂けますか?」
望月くんに言われるままに、彼女はカードを引く。
「そしたら、サインをお願いします。」
サインペンを手渡されると、引いたカードにサラサラとサインした。
「ありがとうございます。それから、最後に残ってくれた人にお願いなんですが、もう一枚だけめくっていただいても良いでしょうか?」
するとサインされたハートのAが出てきた。
中村愛がサインしたカードもハートのAだった。
よく見ると画面の中のサインと中村愛がカードに書いたサインは同じものだった。
数拍ほど遅れて拍手が起こった。
大きな拍手に包まれて、彼らはステージを去った。
北川天馬の真意
俺はこれからのために、リモート現象の派手さを捨てて、オリジナルマジックのクオリティを高める決意を既にしていた。
もちろん、リモート現象対決の体裁をとったパフォーマンスにはした。しかし、あんなものに自分のマジシャン生命を預けるつもりはないし、もしやっていけなくてもすがるつもりもない。状況が限定されすぎた現象、いつでもどこでも出来ないものは俺が目指すマジシャン像にとって看板以外の効果はないと思っている。
あの現象を初めて思いついてから、そして実行に移してからも、名前すら考えていなかった「リモート現象」は、最初から自分が注目されるきっかけにさえなれば良いと思っていた。
しかし、一度有名になると、俺はそういうレッテルを貼られる事は覚悟していた。後はそれを如何に剥がすかが重要だった。大衆は勝手に俺に夢を見る。願望を重ねる。それはホストの頃の経験があるから慣れっ子だったが、今までとは規模が違い過ぎた。それは想像していたよりもずっと怖いものだった。これまで何度も家を突き止められたり、ストーカーから逃げる為に引越しなどしてきた。しかし、これほど不特定多数から超能力者のように期待の目で見られていると思うと、逃げ出したい気持ちになった。これほど大きな重荷は初めてだった。
しかし、俺の後のリモート現象の幻想を引き受ける相手をこんなにもあっさりと見つける事が出来た。しかもマジックとして現象を起こしてくれている。これで心置きなく、マジシャンになることに集中できると思った。
あの場面で自分勝手にやりたい事をすれば、後から当然批判される。しかし同時に、多くの人に自分が考えたアイディアを披露する事が出来る。わかるやつには分かるはず。他人に押し付けられた成功よりも、俺は自分を信じて自分に賭けたかったのだ。
予想通り、観客の反応はまばらだった。多くの人が期待していたようなリモート現象では無かったからだ。いわゆるマジックらしい現象だった。演出で超能力風にする事だって出来たと思う。そういう考えも浮かんだ。なんだかんだ言いながらも、大きな力を手放すのは惜しい気持ちもあった。しかし、自分が本当にやりたいと思っている事が何か気づくことが出来た。これはチャンスなのだ。そう思うことが出来たからこそ、権力欲に負けてブレる事なくこの選択が出来たのだと思う。
コロナで仕事を失った事は苦しかったが、自分にとって何が大切かを考える良いきっかけにはなったと思っている。まだまだコロナで苦しい時期は続きそうだが、自分は今回の事で、なんとかやれそうな手応えを感じた気がしていた。
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