彼の隠居を考える。

彼の仕事はパタンナーだ。
パタンナーとは服飾関係の仕事の一つで
デザイナーが作成したデザイン画を元に型紙を作る人の事。
歴はかなり長いらしく彼が専門学校を卒業してから
30年以上ほとんど同じ会社に居るらしい。

私は夜の仕事を辞め花屋でのアルバイトを始めた。
そこで、彼の定年退職後の事を考える事が増えた。
あれ、このまま2人で過ごすとなると私いずれ養う??

ある日彼が
「岐阜に行くって言ったら一緒に来る?」
急にどうした。

話を聞くと取引先の社長が岐阜の方で
副業でやっていたお店をたたむから
居抜きで何かやらないかとの事だった。

正直不安でしかない。
私は花屋の前は殆ど飲食店でしか働いて来なかったので大変さは重々知っている。
岐阜の家賃は幾らが相場なのか
上がりは幾ら出るのか
どんな人が住んでいるのか
治安は良いのか
そもそも私たちみたいな歳の差ゲイカップルがひょこっと移住して村八分にされないのか
など、上げるとキリがないほど。

だがまだ私は26歳。
失敗しようがいくらでも修正が効く。
修正が効かなくなって来た59歳の彼と
この先お店をやって行く事が2人の今後の生活にとって最善なのか…

考えながら数週間が経ったある日
母が東京に遊びに来るとのことで連れ回す事になった。
丁度その頃渋谷PARCOで開催されていた、母の好きなポッドキャストの展示イベントがあったのでチケットを取った。
母と東京に住む姉と私の3人で久々のお出かけだ。
当日渋谷PARCOに着き地下に降りてイベントスペースへ。
ポッドキャストの世界観を満喫して館内の飲食店街をぶらぶらしていると角に「占い」の文字が。
母が突然「私占って貰ってくる」と言って占い屋のパーテーションの中に入って行った。
パーテーション一枚なので中から会話が聞こえてくる。
姉とふざけて聞き耳を立てると、
「息子が他界しまして…」と聞こえてきた。
姉と目を合わせ頷き少し遠くのベンチで終わるのを待つ事にした。
「あたし何占ってもらおうかなー」と姉。
いや、お前もかい
「あんた、こんな機会ないやろ〜
占ってもらいーや」
確かにこんな機会滅多にないかもと思い
私も占ってもらう事に。
母のと入れ替わりで姉がパーテーションに入って行った
母はすっきりした顔で「なんでも話してみるもんやね〜」とこっちに向かって来て隣に座った。
「あんたも占ってもらうやろ?」
なんで、占ってもらう前提なんだよ。
私が「いい機会やけね〜」と返すと
「こんな機会滅多にないけね!」と母
この親子は占いへの価値観が同じらしい。
しばらくして姉の番が終わり入れ替えでパーテーションの中に入り席に座った。
何を占って貰うか。
「岐阜に行っても大丈夫か」タイミング的に一択だった。
占い師の方は慣れた手つきでタロットカードを繰り私に選ばせた。
占いの結果はこうだ、

今年と来年はそもそも世界的に運気が悪いが
岐阜は行って大丈夫
2年は耐える事
要注意、旦那に女の陰(おそらく前の嫁?)
ひらめきと直感の星を持っているので自分を信じてよし
物事を良い悪いで判断して行動する事
無理だと思ったら一目散に得るもの得て逃げる事
私は木の属性、彼は土の属性
言い方に気をつける事
些細な事でも大きな棘になる可能性有り
でも言いたいことはちゃんと伝える事
店の雰囲気が合わなかったら木や花を置く事
嫌なことがあったら塩湯に浸かる事
地震に気をつけろ
今のうちに徳を積む事
など。

第三者に言われると不思議なもので大丈夫な気がして来る。
地震に気をつけろだけとてもリアルに感じたが…。
そもそも占い師に相談する時点で心の何処かで岐阜行きを決めていたのだと思う。
それより得体も知れぬ女の陰が怖すぎて仕方ない。
それに、パートナーは男性?と聞かれたのもじわじわと怖くなってきた。

その日は母、姉と解散し家に帰り占って貰った内容と結果を彼に話した。
彼は安心したと同時に「女性?!?!誰???」
いや、こっちが聞いてるんだが…
この場が修羅場と化しないのは我々が現時点で同性愛者だからだ。
ゲイで良かった。

そうだ、岐阜へ行こう。

我々はゲイでこの先おそらく結婚はしないだろう。
(国同性婚を許されない限り。)
ならばパートナーである私たちは助け合わないといけない。
生きていくために。
彼は隠居への道を進むし私は好きな料理を作り旨い酒を出す。
それで生活が成り立てば万々歳。
ダメでも多分大丈夫。
前を向いて2人で生きる事を決意した。

それから半年が経ち、
2人で住む岐阜の新居を探しに行く新幹線の中で
牛タン弁当を頬張りながらこれを書いている。

母の好きなポッドキャストを聴きながら、
仕事の為前乗りしている彼が待つ隠居の土地
岐阜へ。

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