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書き残しておきたい、この気持ち。

ずっっっっと行きたかった場所に行ってきた。

広島の原爆ドームと平和記念資料館。

わたしはポーランドのアウシュヴィッツに2回も訪れたことがあるのに(以下記事参考)、日本国内にある戦争の負の遺産は、広島も長崎もまだ訪れたことがなかった。

ちょうど広島の出張が決まったので、ほんのわずかな時間だったけれど、記念館に足を運んだ。

想像以上の空間だった。

圧倒的な没入感。臨場感。

当時の様子が、今目の前に繰り広げられているかのように、鮮明に想像することができた。

展示を見ながら、ずっと心が苦しかった。

自分でも無意識のうちに、震えを抑えるように両腕を抱き、目に涙が溢れていることに、ふと気づいた。

ぼろぼろ泣きながら、必死で目の前の展示物と向き合った。

被爆者が残した絵日記の中に、「瓦礫の下で動けなくなり、足元に迫る火から逃れられず、焼かれていく人のあの叫び声は、死んだ人を見るより辛く、忘れられない」というような記載があった。

焼かれていく人も、この絵の作者も、どれほど辛かっただろうと、胸が痛くなった。

爆風でガラスの破片が刺さった壁も展示されていた。

一瞬で熱風と共にガラスが飛び散ってくる状況を想像したら、痛くて、熱くて、怖くて、想像していることすら、もう耐えられなかった。

展示物とそれらの説明書きからは、被爆関係者への尊重と葛藤が見えた。

きっとこれらの展示の裏には、たくさんの議論と、たくさんの対話と、たくさんの人たちの苦しみや悲しみがあるということは、想像に難くなかった。

現実に起きたことを忠実に伝えようとしている一方、あまりに衝撃的でむごすぎるものは展示していないのだと思うが、この展示以上に恐ろしいことを、今の時代に生きるわたしには想像ができなかった。

人間が、こわいと思った。

この日は午後から東京で仕事だったので、朝イチで平和記念館を見た後にすぐ飛行機で帰った。

オフィスの仕事に戻った後は、新サービスのリリースパーティーがあった。

同僚たちは非常にテンション高く、ねぎらいとお祝いの声に溢れた場がつくられていたが、わたしはその場にいるのが辛かった。

さっきまでわたしは、「生きるか死ぬか。生き残れたとしても、待ってるのは死ぬより辛いような現実だけ。」という展示に向き合っていた中で、新サービスのリリースなんてもうどうでもよかった。

ただ健康に、安全に、平和に生きていけることがどれほどありがたいことだったのか。

ありとあらゆる場で語られてきているのに、そんな当たり前のことをまたこうして深く内省した。

わたしは、「知っている」と「知らない」には大きな差があると思っているし、
「体験した」と「体験してない」にはもっと大きな差があると思っている。

どこまでいっても、体験した人にしか分からない思いや苦しみに、完全に寄り添うことはできないけれど、「想像する」ことで少しでも「体験した」人の方へ近づけるようにありたいと思う。

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