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ファンテーヌの不幸物語の普遍性を改めて描き出した『ドラマ版 レ・ミゼラブル』

歌わないレミゼ。2018年にBBCで新たに制作され、NHKで放送されていたドラマであるが、現代版とかでもなく驚くほど原作に忠実な内容。

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それでも今やることに意義が感じられるのは、やはり格差が広がっている社会の実情があるからだろう。コロナ禍とは関連しないタイミングで制作された作品だけど、結果的にさらなる格差拡大が懸念される中での放送。残念ながらこの時代にあった「ミゼラブル」な状態は今も続いていて、この物語が古典でありながら古典になりきれないのはあまりポジティブなことではないのかも知れない。

さて、内容については、前半のファンテーヌの物語が一番切実で良かったように思う。ミュージカル版ではファンテーヌの苦しみは歌の中で回想されるだけで、リアルに演じている瞬間が少ないので見過ごされがちだが、この映像版では彼女の物語が丹念に描かれていたのが良かった。良かったというか、物凄く苦しかった。若い娘のわーっと恋に心が持っていかれて、頭がいっぱいになっちゃう感じとか、一時の幸せと盛り上がりを永遠と勘違いしてしまうさまとか、それが未来の「ミゼラブル」に呪いのように繋がってしまう女としての運命、切なさとか。幸せな普通の女の子の絶頂から底へ落とされるさまをまざまざと見せつけられるのは辛かった。けど「誰にでもあり得ること」「今だって起こっていること」として描ききる意義もあったし、伝わってくる強い思いもあって良かった。

逆にそれ以降のストーリーについてはあまり心動かされるところがなく、少々退屈してしまった。そもそもミュージカル版でもずっと感じていた「コゼット、ただの恵まれたワガママ娘」問題がドラマになったことでよりはっきりしてしまったように感じる。コゼットって物語の主要人物でありながら全然感情移入する隙のないキャラクターじゃありませんか。リトル・コゼット時代の仕打ちは凄く可哀想で頑張っているのだけど、大人コゼットの魅力が全くわからないまま話が進んでいく。

当然時代性もあると思うのだけど、コゼットとマリウスの物語って「コゼットが美しい娘に育った」ことが大前提で、そうじゃない限り間違いなく成立しない。その粗が、ドラマ化したことによって浮き彫りになってしまっているように感じる。ミュージカルなら素敵な歌に乗せて二人の恋心を歌う!素敵!で乗り切れたけど、これ、よくよく時間かけて見ると本当に脈絡も必然性もない中でマリウスがたまたま一目惚れをする、というそれだけですよね。しかもめっちゃ高そうな服着てるし。コゼットは何の不自由もない生活と愛をバルジャンから与えられる一方で、囚人やさらなる貧困に陥ったテナルディエ家を単に醜いものとしか捉えられない。さらにはマリウスに会えないだの何だのと嘆いてバルジャンに罵声を浴びせる……。子供時代にあれだけ苦労していたらもう少し自分の恵まれた環境に自覚的になっていそうなものですが。「世間知らずな箱入り娘」で片付けがちだけど、これ片付くかなあ。ちょっと酷くないですか。と思うけど何の突っ込みもなく進んでくんだよね……。

そこから多少恋を引き裂かれて悲しんだりはするけど、特に何も失うことなくマリウスの愛に包まれて終了、という一人だけ何が「ミゼラブル」なのか?みたいな傷のないシンデレラ・ストーリーで終わってしまうのがどうしても解せない。

結局この物語において真に「ミゼラブル」であり、現代にも通じる苦しみを味わってるのがファンテーヌとエポニーヌだと思う。身分違いの恋に苦しんで結局その壁を超えることもできずに一人退場するエポニーヌは本当に切ない。けどエポニーヌとコゼットの描き方にしても結局ルッキズムの視点を外れていないのがちょっと残念だった。単にコゼットのが可愛いからそっちじゃん、にも見えてしまう。個人的にはエポニーヌはその貧しさ故に、他人への優しさとか倫理的なものを持てなくて、恵まれたコゼットはそれを当然のように持っていて、そうやって人格差までもが経済的格差でついてしまう哀しみが「ミゼラブル」なのだと思うからそこをきちんと描いてほしかったな。

ラストカットで物語と関連しないストリートチルドレンが映されていて、これは「こうした悲しい人生がまだここに」メッセージなのだと思うのですが、これもちょっと唐突すぎてメッセージになりきれてない印象だった。バルジャン死去と同時に未来への希望として描かれるマリウス&コゼットでさくっと完結してしまい、いまいち作品全体での伝えたいことが分かりづらい最終話だったように思う。原作自体がそうなのかも知れないけど、やはり冒頭のメッセージングが凄く良かっただけに勿体ないように感じた。


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