第12話 dashヨリモト
日本有数のお笑い事務所、ヨリモト興業。特に関西では圧倒的な力を誇り、マツタケ芸能を除いて対抗できる事務所がないと言われている。そのヨリモト興業が抱える漫才の殿堂『なんばグランド華星』、いわゆるNGKの向いに構える若手芸人の劇場、dashヨリモト。
ヨリモト興業のお笑い芸人スクールを卒業した駆け出し芸人たちが日々オーディションを受け、舞台出演を賭けた入れ替え戦を繰り返し、売れる日を夢見て腕を競い合っている。素人に毛の生えたような芸人がいるかと思えば、芸歴2年目で年末の漫才日本一グランプリ、いわゆる漫一グランプリの決勝に進むような芸人まで、かなりの数の芸人が所属している。
おそらく高校を卒業してからまず目指す場所になるであろうdashヨリモトの客席に、ケンタは初めて足を踏み入れた。
チケットに書かれた席を見つけ、腰をかけた時、隣から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんでアンタがおるん?」
振り向くと隣の席には、山影ユリが座っていた。
「山影さん!」
「なんでアンタがおるんかって聞いてるんやけど?」
「ああ、それは勉強しようと思って! ほら、山影さんも劇場ぐらい通わへんの?って言うてくれたやん」
「だからってこんなすぐ来る?」
「それは早い方がええやんか、ほら、ヒロとも解散したし」
「あ・・・そう・・・」
「気にせんといてや!おかげでヒロの本音も聞けたし、遅かれ早かれ解散してたと思うから・・・。逆に俺、山影さんに感謝してるくらいやで」
「まあ、じゃあ良かったけど・・・」
「それにな、俺、女子と喋るの苦手やってんけど、ヒロとのことやったからか、山影さんとは普通に喋れるようになったし!そういう意味でも感謝してるねん」
「きもちわる」
「なんで?」
「いや、そらまだあんまり仲良くなってない人に、急に特別な存在的な匂い出されたら気持ち悪いやん」
「・・・ごめん」
「でもアンタ、女子苦手って言う割に、ようこんな劇場来れたな?」
「え?」
確かに見渡せば、客席はほとんど若い女性ばかりだった。後ろの方に男性が立っているが、風貌からさっするに芸人の卵たちが見学しているようだった。
「ほんまや、女子ばっかりなんやね」
「そう、特に今日は顔ファンの多い芸人もたくさんでるからね」
「顔ファン?」
「芸人として面白いからファンになったんじゃなくて、顔が好きでファンになってる人達」
「へぇ」
「まあ、アンタもイベント終わるころには色々わかるようなってると思うわ」
「ふぅん・・・ところで、山影さんは一人で見に来てんの?」
「うん、お笑いは絶対一人で見た方がいいから」
「そ・・・そうなんや・・・」
ケンタは山影ユリのお笑いファンとしてのただならぬオーラを感じ、何も言えなくなってしまった。
-ズダダダダダダダダダ♪
客席の電気が消え、会場BGMが大きくなる。いよいよイベントが始まる。
「どーもー!」
勢いよく若手芸人が飛び出してきた。
「本日 dashチャレステージ のMCを務めます、ファインディング芋でーす!」
-キャキャー!
まるでアイドルかと思うような風貌の男と、ぽっちゃり気味の男のコンビ。アイドル風の男が爽やかに挨拶をしただけで会場が沸いている。
「さあこのdashチャレステージは、dashヨリモトのレギュラーメンバーを賭けた入れ替え戦に挑むことができるメンバーを選ぶゴングショーとなっております!今回挑戦する50組から合格したメンバーが月末のチャレステージ決勝へと進むことができます!50組のメンバーはネタ時間2分でネタをやっていただき、合格するとこの音が流れます!」
-テテテーッテッテッテッテーテッテッテ♪
「え!おかわり自由!?」
「いやうれしいか知らんけど!」
-アハハハハ
おめでたい音楽が鳴った後に、ぽっちゃりの方がコメントをして笑いを取る。
「さあそして、不合格の場合はこの音が流れます!」
-デーン、デンデンデンデーン♪
「え?XLないんですか?」
「残念か知らんけども!」
-アハハハハ
TVで見たこともない芸人が、軽々と会場の笑いを取っている。ケンタは今まで一度も劇場に来たことがなかったことを激しく後悔した。
「かっるいな・・・」
「え?」
隣のユリが小さく呟いた。
「軽・・い?」
「ああ、ごめんごめん、気にせんといて!ちょっと今日のお客さん、よく笑ういいお客さんやなぁ~って思っただけやから」
「う・・うん」
にこやかに話すユリだったが、ケンタはどこか恐ろしいものをユリに感じていた。
「では、チャレステージ予選、スタートです!」
-デレデレデーッデッデデレデレデーッデッデ♪
MCが舞台袖に消え、50組のネタが始まる。
「・・・も~!トライセン・・・トルです!よろしくぉねがぃしゃす!」
ん?
「えー、んばっていかなあかん言うてますけどぉん」
声量がないのか滑舌が悪いのか、どうも、聞き取り辛い。
「今度かの・・とドライブデェートいきたぃん・・けども、ちょっと練習してもええか?」
「じゃあ僕が彼女やるね」
「俺も彼女やるね」
「なんでやねん!!!!どっちも!どっちもやないか!!!おかしいやろ!」
-デーン、デンデンデンデーン♪
会場の反応も悪く、不合格になってしまった。
50組中、合格するのは多くても7、8組。ほとんどのコンビが不合格音を鳴らす。そして次々とコンビが出てきては不合格になっていく。
「どーも!シャドウしtmふkj@.でしゅ!」
「噛んでる噛んでる!」
-デーン、デンデンデンデーン♪
「今度ドライブデートいきたいからちょっとやってみるね、ブーン、おはよーみゆきちゃん!」
「ブーン、おはよーケンジくん!」
「・・・一人一台かっ!俺の車に乗って!」
「よいしょっと!」
「・・・屋根の上はおかしい!ジョッキーチャン!ジョッキーチャン!」
-デーン、デンデンデンデーン♪
「僕売れたらグルメリポーターやってみたいんですよ!」
「へー」
「えーと、グルメリポーターやってみたいんですよ!」
「うん、え?うん」
「いや、だからグルメリポーターやってみたいねんて」
「えっ?」
「ネタとんでるやん!」
「え?俺?」
-デーン、デンデンデンデーン♪
なかなか合格者がでない。ただ、ケンタにも何故合格者がでないのかわかるほど、出てくるコンビは声が小さい、噛んでしまう、ネタが飛ぶ等、練習不足に見える。練習がしっかりできているコンビもどこかで見たことがあるようなテーマのネタをして、不合格になっていた。
「やーやーやー、どーも、どもども」
「刀鍛冶牛です」
「あのー、でかい楽器、弾くやつおるやん」
「おるねー」
「めっちゃアホやんか」
「言葉悪いな!」
「でも小さくて十分音でるのにわざわざでかい楽器弾くのはアホやんか」
「そんなことないて」
「重機弾いてるようなもんやん」
「どんだけでかい思ってるねん」
「でかい楽器弾くやつは、アホやしきしょいねん」
「もうええやろ、大体そんなこと言い出したら、臭い楽器弾く方がアホやん」
「臭い楽器てなんやねん」
「臭くない楽器あんのに、わざわざ臭い楽器弾くのはアホやんか」
「臭い楽器てなんやねん」
「便器引いてるようなもんやん」
「もうそれは便器弾いてるんちゃうんか」
「でかい楽器弾くやつより、臭い楽器弾くやつの方が絶対アホや」
「ほな、今から俺がでかい楽器弾くやつするから、お前臭い楽器弾くやつせえよ、それでどっちがアホか決めようや」
噛んだり聞き取れないということがなく、馬鹿馬鹿しくて面白いコンビだなとケンタは思った。会場の反応もそれなりに良い。爆笑とまではいかないが、今までのコンビと違って、ボケに対してちゃんと反応がある。
-ぷっ、あははははは!
ふと横を見ると、ユリが堪えきれず大笑いしていた。
-デーン、デンデンデンデーン♪
そんなコンビの健闘も虚しく、結果は不合格。会場からも少し残念そうな声が聞こえた。
「どーもー!セカンドキャリアです!」
-キャー!
次に出てきたコンビに、客席から歓声があがる。有名なコンビなんだろうか。
「僕は医者やめて芸人のセカンドキャリア歩んでまして、彼は鳥類やめて人間のセカンドキャリア歩んでるんです」
「ずっと人間や、そんな劇的な進化遂げてないよ?」
「でも顔に鳥の要素残ってるで」
「そんなことないやろ」
「めちゃくちゃクチバシみたいな、目してるやんか」
「目ぇえ!?え、目ぇえ!?」
会話のテンポが良く、会場の反応も良い。
「だから今日は俺が医者の時の技術を活かして、お前の顔を整形してあげようと思うねん」
「満足してるけどな~この顔で」
「まず、目をね、羽鳥アナウンサーみたいにキリッとさせてね」
「まあそれは確かに良い感じやな」
「鼻を片岡鶴太郎みたいにシュッとさせてね」
「鶴太郎・・・」
「輪郭を鳩山元総理みたいに」
「鳥つく芸能人ばっかりやないか!なんで鳥に寄せようとするねん、あと、鳩山元総理みたいな輪郭は、単純に嫌や!」
-ドッ!
わかりやすいネタで会場が沸く。シュッとしたボケの方がツッコミの顔をいじりながら終始笑いをとっていく。
「もう整形なんてせぇへん!ずっとこの顔でいく!」
「もう、そんなトサカ真っ赤にするなよ」
「だから鳥ちゃうねん、もうええわ」
-テテテーッテッテッテッテーテッテッテ♪
今日初めての合格。
盛り上がる会場の中で、ケンタの隣のユリだけが、鬼の形相で舞台を見つめていた。
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