第5話 京本先生

青春ラブアンドコメディ

「お願いします!この通りです!」

「あかん」

「そこをなんとか!お願いします!」

「何度言われてもあかん!もう顔あげろ!土下座なんてしていらんのや!」

「そこをなんとか!この通りです!」

「やめろって・・・」

職員室の入り口でケンタが床に頭をこすりつけている。それを制しているのは文化祭有志ステージの責任者であり生活指導の教師、京本だ。

京本は50代後半、小柄で白髪だが、筋肉質で姿勢が良く、声に迫力があり、武道の達人のようなオーラを身に纏っている。ヤンチャをしている生徒でも京本にだけは逆らわない、そんな全生徒から恐れられる存在だ。

「なんで、なんであかんのですか?」

「だからなんべんも言うてるやろ!受付は今日の18時まで、お前が来たんは19時30分、もう受付時間が過ぎとるんや!」

「そこをなんとかお願いします!」

「あかん、ルールはルールや。学校は勉強だけをする所とちゃう、人としてのルールを覚える場所でもあるんや。時間を守るのは人としてめちゃくちゃ大切なこと。それをないがしろにはでけへん」

「そこをなんとかお願いします!」

「あかん言うたらあかん!もう帰れ!」

「いや待ってください!お願いですから受け付けてください!」

「あかん!」

「あの・・・すみません京本先生・・」

京本先生におそるおそる声をかけたのは、東。教師生活3年目の女性で、文化祭に関しては京本の下で様々な事務をおこなっている。

「どうしたんですか、東先生?それぐらい大目に見ろという話なら聞けませんよ。我々は生徒に社会のルールを教えないかんのです」

「そうなんですけども・・・これ・・・」

「なんですか?」

東先生が差し出したのは教室や渡り廊下に張り出されていた文化祭有志の募集要項だった。

「これがどうかしましたか?」

「すみません、私の聞き間違いで・・受付時間のところ・・・」

「ん?」

■有志ステージの応募締切は 5月20日 午後8時 まで

「すみません・・・その、18時と言って下さったのをちゃんと確認せずに・・・」

職員室に気まずいムードが流れる。

「ってことは受け付けてくれるんですよね!やったー!」

そのムードを切り裂くようにケンタが大声をあげた。

「アカン。」

だが、京本先生の発した言葉で再び職員室がピリリとした空気になった。

「アカン、受付はでけへん」

「なんでですか?時間は間に合ったじゃないですか!」

「その下のとこ見てみろ」

「その下?」

■有志ステージの応募締切は 5月20日 午後8時まで 
※ただしエントリーが多い場合は早めに募集を終了することがあります。

「早めに募集を終了・・・」

「だからアカン」

「いやだって、さっきまでは18時までやからあかんみたいな雰囲気やったやないですか!最初からエントリーいっぱいって言われたらわかりますけど、そんなんちゃうかったやないですか!」

「アカン、それにほんまにもうエントリーがいっぱいなんや。例年やったら1組10分の持ち時間のところを泣く泣く5分でやってもらうことにしたぐらいや。悪いけど今更1組増やすわけにはいかんのや」

「いやでも」

「お前のわがままを通したら先にちゃんとエントリーした奴らの持ち時間をまた削らんといかん。それは筋が違うやろ」

「そう言われたらそうかもしれないですけど、・・・・そこをなんとかお願いします!」

「アカン、もうあきらめろ」

「でも!」

その時、職員室の端で電話を取った若い男性教師、灰谷が大声をあげた。

「ほんまか!わかった、それはこっちでどないかしとく!命に別状はないんやな!それは不幸中の幸いやけども・・・うん、うん、そうか、気を落とさずにな!」

「どないしたんや急に」

灰谷に京本が声をかける。

「3年1組の橋本が、事故に遭うて足を折ったらしんです。命に別状はないみたいなんですが、しばらく入院するのと、文化祭の有志ででるはずやったステージはキャンセルしたいそうです」

京本のこめかみに浮き出た血管がヒクヒクと痙攣した。

「ってことは僕ら代わりに出れるんですよね!やったー!」

「コラ!やったーは不謹慎やぞ!」

喜んだケンタに灰谷が注意する。そのまま灰谷は生徒が入院した病院へ行く為、急いで職員室から出て行った。

「それで、申し込みはどうしたらええんですか?」

「アカン。」

「はぁ!?」

「はぁやない、アカン」

「いやなんでなんですか!」

「文化祭言うのは、文化のお祭りや。文化祭に適当と思えないものは有志のステージと言えどやらせるわけにはいかん」

「いや、漫才だって立派な文化じゃないですか!」

「そうやな、ちゃんと事前に漫才というものが文化祭の出し物として適当であると申請されていれば、こっちでも検討して許可したかもしれんけども、もう検討する期間がない、よって漫才をやってもらうことはできない」

「そんな、今とってつけたような理由言わんとってくださいよ!」

「とってつけたようなじゃない。何かをやろうと思ったらルールを守った上で一緒にステージに立つ人に配慮した上でみんなが納得いくように手順を追って提案していかなあかんねん。飛び込みでやってきてやらせて下さいは筋が通らんのや」

「それは・・・それはそうかもしれませんけど・・・僕だけのことやないんです!その、僕が漫才やりたい言うて無理やり協力してくれてる相方もいるんです!応募の締め切りとか、いろんなことをちゃんとやらへんかったのはすみません!でも、ここだけは僕も譲れへんのです!」

「ほんなら・・・なんでもっと早く言うて来うへんかったんや・・・」

職員室の空気が張り詰める。

「あの、京本先生」

「なんですか東先生?」

「あの、今回だけ特別にっていうのは」

「あきません。東先生、あなたの気持ちもわからんでもないですが、それをやると学校なんてやってられんのですわ。なんでもかんでも通るようになってしまってはいかん。それをやると、卒業してから困るのはこいつらなんです」

「そ・・・そうかもしれませんけど・・」

-ガラガラガラ!

職員室のドアが開いて男子生徒が入ってきた。

「まだ20時過ぎてへんな!セーフセーフ!」

「織田君、どうしたん?」

「東先生、俺ら有志でやる出し物、コントやりますいうてたけど、やっぱり漫才にしたいんよ!20時までに言うたら変更してええって言うてくれてたでしょ?」

「織田君・・・」

東先生にそう話しかけたのは3年生の織田シュウジ。卒業したらお笑い芸人の養成所に行くと決めている生徒だ。

「東先生・・・」

「はい、なんでしょう・・・」

こめかみに浮き出た血管をふるわせながら、京本先生が東先生に尋ねた。

「織田に、20時までに言うたら変更できるって言うたのは・・・本当なんですか?」

「は・・・はい」

「次から、そういうことは逐一報告するようにしてください。私からも聞くようにしますので」

「は・・・はい・・すみません」

ピリピリとした空気を見て不思議そうに織田が言う。

「君一年生?」

「はい、岩山ケンタって言います!」

「岩山か、その、いったいなんや?この空気は?」

「それはその・・・いろいろありまして・・一つわかってるのは、僕らも先輩と一緒に漫才できそうということです!」

「へぇ、君らもステージで漫才するんか?」

「はい!」

「へー楽しみやな!頑張ろうな!」

「はい!お願いします!」

暗い先生と明るい生徒。

「じゃあ東先生、あと申し込みの受付、処理したってください」

「はい、わ、わかりました!」

「岩山・・・お前、運だけはええな」

それだけを言い残して、京本は職員室を出て行った。

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