第1話 岩山ケンタ
昼下がり、いつもは休みのはずの土曜日の特別受業をどこか浮ついた気持ちで受ける小学生達。今年の春に入学したばかりの岩山ケンタもソワソワしながら受業が終わるのを待っていた。
「はい、じゃあみなさん、さようなら!」
「「「「さようなら!」」」」」
HRが終わるとケンタはすぐに教室を飛び出し、家へと急いだ。
「ただいま~」
「おかえり~小学校どない?だいぶ慣れた?」
台所の方から母の声がする。
「おん」
ロクに返事もせずケンタはすぐにお茶の間にむかいテレビのスイッチを入れる。
-テレレテッテレテレレテッテレテレレテッテレッテ♪
-ホンワカパッパホンワカパッパ~テテンテンテレンテン♪
「アンタほんま新喜劇好っきゃなぁ・・・もうすぐうどんできるから手洗っときや~」
「おん」
返事はしてもケンタはTVの前から動かない
-大将、お勘定!
-おおきに!ほな、きつねうどん一杯で300万円でんな!
-ズコー!
-ドッ!
「あははははは」
テレビから聞こえる観客の笑い声とケンタの笑い声が重なる。
「はい~うどんできたよ~」
「おおきに!!」
テレビの方を向いたままケンタが答える
「・・・なんやのんおおきにて・・・アンタ手は洗ったん?」
「おん」
「洗ったんか?」
「おん」
「コラ!早よ手洗っといで!」
「ええやん、CM入ったら洗うから!」
「ええからすぐ洗ってこい!」
「おん」
「ほんでその『おん』いうやつやめや!返事は『はい』やろ!」
「いへ」
「それはどういう返事なん?」
しぶしぶケンタが手を洗いに行く。
「・・・ォギャ・・ォギャッ・・オギャアアアアアアン!」
「おかんが大きい声だすからコウタ起きてしもたやんか」
「人のせいにせんといてよ、今洗いもんしてるからアンタあやしといて」
「え~・・・」
「え~やないの、ちゃっちゃとしてや!」
「は~い」
(手を洗ったらいいんかコウタあやしたらいいんかどっちやねん)
そんなことを思いながらケンタは泣きわめくコウタの前に行く。
「コウタ!お前が泣き止むようにこのガラガラを渡したろ!ただしガラガラ渡し代、300万円や!」
「ォギャ・・オギャアアアアアンン!!!!」
「むぅ、しゃーない、ほな500万円でどないや!って高なっとるやないか!!!!」
「キャッキャッキャ」
「お~コウタ、お前にこの高度な笑いが理解できるとはな!」
じゃれあう兄弟を見て台所から母が言う。
「ケンタ・・・それアンタの顔が面白いだけやと思うで」
「いやこの顔に産んだんおかんやないか!」
「キャッキャッキャ」
「・・・まあええけど、アンタほんまお笑い好きなんやなぁ」
「せや!心配せんでも俺が大きなったら売れて稼いでおかんに楽さしたるからな!」
「・・・さいですか」
「せや!その時はコウタにもなんかコウタらんとな!」
「ォギャ・・オギャアアアアアンン!!!!」
「ケンタ・・・お母さんそのセンスじゃ無理やと思うわ」
===9年後===
「岩山ケンタです!将来はお笑い芸人になります!あいさつ代わりに一発ギャグやります!」
「パパパパーン♪パパパパーン♪パパパパンパパパパンパパパパンパパパパン♪アイラービューフォエーバーおーれーのー顔パンパン!」
-クスクスクス
(ややウケか・・・まあ高校生活初日のあいさつとしたら上出来やろ)
高校生活初日、初めて顔を合わすクラスメイトが順番に自己紹介をしていく。岩山コウタは純粋にお笑いが好きで、純粋にお笑い芸人になりたくて、純粋に一発ギャグをして、純粋にややウケた。少し言い方を変えると、純粋にややスベった。
「はい、ありがとう、じゃあ次の人~」
先生が次の生徒に紹介を促す。促された生徒は、めんどくさそうな表情をしながら立ち上がった。
「え~、めちゃくちゃやりにくい空気なんですけど・・」
-ドッ!
教室が爆笑に包まれる。
(すごい!たった一言でめちゃくちゃウケた!)
ケンタはもちろん、みんながその生徒に注目した。
「なんか変な流れになっても嫌なんで、普通に自己紹介しますね?尾崎ヒロです、よろしくお願い致します」
ヒロと名乗ったその生徒は少し長めの髪に中世的な顔立ちで、透き通るような白い肌をしていた。窓から差し込む光に映し出されたその顔は、そのままファッション雑誌の表紙になってもおかしくない程の輝きを放っていた。
教室中の女生徒がヒロに心を奪われているような空気の中で、一番ヒロに心を奪われていたのは、ケンタだった。
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