見出し画像

【連載小説】「 氷のプロンプト 」第8話

【第1話】は、こちらから

(本文・第8話)

<昨日はごちそうさまでした、また食事に誘ってくださいね。今度はもっと遅くまで色々と楽しみたいなあ〜>
 スマートフォンに表示された音夢からのメッセージを見ながら、慎之輔は悔しそうに地団駄踏んでいた。

 昨夜はアフターで焼肉を食べにいった。そして、今夜はもう少し一緒に過ごそうよと、音夢の肩に手をかけて男女の密会場へとエスコートしていた。

 もう目の前だ、あともう少しだ。と、その時だった。けたましく鳴る着信音、ああこの音はパーフェクト市場からだ。とっさに出ると、明日から大至急で対応してもらいたいことがある、資料を送るので今夜中に目を通して対応計画を立てておいて。といった内容だった。急遽、家に帰って朝までに計画を練らなければいけなくなった。

(くそっ、なんて事だ。樋口の野郎、あともう一歩のところで水を差しやがって……)

「おはようございます。あれっ、社長どうかなさいましたか?」

「あっ、いやいや何でも無い。いや何でもある。と言うより大事おおごとだ、皆ちょっといいかな!」
 フロア全体を見回しながら大声で呼びかける。ただならぬ雰囲気に驚きながらも、一斉に集まる社員たち。

「皆さん、おはようございます。驚かないで聞いてくださいね、今日から顧客から問い合わせ数がおよそ二倍になります」

「えっ、どういうことですか」
 お互いに顔を見合わせる一同。驚かずにはいられない。

「ええ、知っての通りパーフェクト市場は製品のカスタマーサポートを複数の代行会社に委託してます。コールセンターの代行、メールサポートの代行、うちが引き受けているようなチャットサポートなど多岐に渡ります。パーフェクト市場は製品ごとにチャットサポートを各代行会社に割り振ってます、その中の一つである他社さんの応対が大幅に遅れているということです」

「一体、どこの会社ですか?」

「具体的な社名までは伝えられてません。ただ、うちと製品ジャンルが同じということ、またTalkMTCを連携してアシスタント活用している点は共通しているらしいです」

「それで、うちの会社に応援をしてくれという依頼があった訳ですね。でも、うちだけですか?他にもいくつか似たような状況のチャットサポートの委託先はあるはずですよね」
 より一層、ざわついてきた。

「いや、そう言ったんだけどさ、さすがに、いくつもの会社に分散するのは管理上の手間が掛かるから、どれか一社だけにしたかったみたいなんだよね。さらに、うちはTalkMTCとの連携に成功して『応答率の改善』がされ、今ではおよそ三倍の速度になったこと」

「なるほど、それでうちの会社に『白羽の矢が立った』というわけですね」

「ちょっと待って下さい。今、私たちのやっているチャットサポートはリアルタイムですよね」

「ああ、そうだ。リアルタイムで応対しなけらばならない」

「それって、二倍のスピードで応対しなければならないと言う事ですよね」
 ハッと目を見開きながら、リーダーの一人が聞く。

「そういう事になるね。サポート部以外の社員たちにもやってもらうことになる」
 それを聞いた他部署の社員たちは、口をぽかーんと開きながら驚きの表情を見せている。

「えっと、その大幅に遅れている別会社さんとやらの復旧のめどは?」

「それが、システム的な問題で、当面の間は難しいらしい。その会社さんは契約を切られるかも。パーフェクト市場としては新しいところを探す可能性もある」

「最低でも一ヶ月はかかりそうですね」

 全体が、しーんと黙りこくる。

「俺も『寝耳に水』だったんだよ。皆には苦労をかける事になる。本当に申し訳なく思う。だが、パーフェクト市場に恩を売って、立場を強める意図もある、長い目で見れば社員たちは楽になるはずだ。それと委託料も割り増しになるそうだ、もちろん、ボーナスにもしっかりと反映させるからさ。この通りだ、力を貸してほしい!」

 そう言うと、慎之輔は深々と頭を下げた。

「ちょっと、頭を上げてください」
「今までだって、何とかやってこれたじゃないですか」
「TalkMTCという心強い味方もありますしね」
「今度のボーナス、期待してますよ」
 社長である慎之輔を助けたい。社員全員から意気込みが伝わってくる。

「これでまた給与計算がややこしいことに……」
「えっ、滝本さんどうしたの?」
「うんうん、何でもないの」
 ぼそっと、つぶやく滝本に、一同が大笑いする。

「ありがとう。皆で一致団結して乗り越えよう」
 早速、社員たちは資料を見ながら準備にかかる。

「あれっ、これ最終更新が今日の午前三時になっているじゃないですか」
「昨夜、パーフェクト市場の樋口さんから切羽詰まった様子で急に電話が掛かってきたからね」

「大丈夫ですか、少し休まれたほうが良いのでは?」
「ああ、午前中は仮眠をとらせてもらうよ」
 そう言うと、ハイバックのオフィスチェアに座り、背もたれを寝やすい角度に調整した。

 アイマスクをつけながら、ふぅーっ、と一息をつく。うとうとしながら、疑問にふける。

(そもそも、一体どこの会社さんだろう)
 キャバクラでよく見かけるあの男の顔が脳裏によぎる。

(いや、まさかな……)
 そう感じながらも、仮眠についた。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?