ストーカーに襲われたら、彼女が助けてくれた

「うぅん、此処は一体……」
 気が付くと僕__白鳥 礼太の眼前には、見た事の無い部屋の天井があった。
「え……、こ、これは一体……」
僕はその天井を見た途端、絶句した。
何故なら、天井にはいつ盗撮されたかもわからない僕の写真が所狭しと貼られていたのだから。
しかも、写真には赤い文字で「大好き」「愛してる」と書かれ、僕の隣に写っている少女の顔は黒々と塗り潰されている。
辺りを見回すと、同じ様な写真が天井と同様壁一面にびっしりと貼られていた。
何だろう。
これらの写真を見ていると、物凄く嫌な予感がする。
その予感が、僕の頭の中に危険信号を点した。
手遅れになる前に、この場から逃げ出さなくてはならない。
 先ずは起き上がる為に、手足を動かそうとしてみる。
 だが駄目だ、思う様に動かせない。
 ふと見ると、僕の手足には重苦しい錠が掛けられ、大きなベッドの上に仰向けで固定されていた。
 と言う事はつまり、僕は今__監禁されている。
 一体誰がこんな事をしたのだろうか。
 いや、それよりもどうやってこの状況から脱するべきか。
 そんな事を思っていると、突然部屋の扉が開いた。
「あら、もうお目覚めかしら? 私の旦那様?」
「お、お前は……一体……」
 其処には、長い黒髪を足元まで伸ばした黒尽くめの見知らぬ女が立っていた。
「あらあら、貴方ともあろう者が妻の顔をお忘れになったのですか? まあ良いでしょう。私は上野 真夜、貴方の愛しの妻ですわ」
真夜と名乗るその女は、白く人形の様な顔で不気味に微笑む。
 その女の不気味な顔を見た途端、僕はここに至るまでに起きた全てを思い出した。
 僕は写真を黒く塗り潰された少女__幼馴染である彼女との放課後デート中に、この不気味なストーカー女に誘拐されたのだと。
 
 今日、僕は今話題のアニメ映画「不屈の刃 無限時空編」を彼女の沖 久留美と二人で観に映画館へと向かっていた。
「いやぁ、毎日毎日満席続きだったけど、今回運良く席が二つ取れたから良かったね」
「うん、今からでも楽しみになってきたよ。」
 そんな他愛の無い会話をしながら歩いていると、突然僕たちの視界は霧の様なガスに覆われた。
「うわっ!! な、何だこれは!?」
「ゲホッゲホッ! れ、礼太、大丈夫!?」
「うん、何とか……でも涙で目が見えない! どうやら催涙ガスを掛けられ……うわぁっ!?」
「ちょっ、礼太!? 礼太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 全身を電撃が走る様な感覚に襲われ、久留美が僕の名を呼び叫んでいる声が聞こえたのを最後に、僕は意識を手放した。
 そして再び意識を取り戻した時には、僕は知らぬ間にこの部屋に監禁されていたという訳だ。

「あんた、一体どう言うつもりだ。僕をどうしようと言うんだ」
「あらぁ、それは簡単ですわ。貴方はこれから私と夫婦生活を共にするのですわよ、死ぬまでずっと。いえ、死んであの世へ行っても、例え転生しても、貴方と私は連理の枝の如く共に寄り添い続けるのですわよ。キーッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」
 僕に語りかける真夜の端正な顔立ちは狂気的な笑みを浮かべながら、不気味に歪んでいた。
「ひっ」
 僕はその顔の余りの不気味さにより、思わずビクついてしまう。
 そして、こいつが今まで行ってきた数々のストーカー行為による物と思われる不可解な現象が、僕の記憶の中からどんどん湧き上がっていった。
 ある時は髪と爪が大量に入った便箋が、ポストの中に入っていたり。
 ある時は鉄の味がする髪と爪入りのお菓子が、ポストの中に入っていたり。
ある時は気色悪い内容の文章が赤文字で書かれた不気味な手紙が、ポストの中に入っていたり。
ある時は歯ブラシやパンツ、箸などが無くなっていたり。
 思い出すだけで気味が悪くなってくる。
 僕の顔はどんどん青ざめていった。
「ああ、そうやって恐怖に怯える顔も可愛らしくて愛おしいですわぁ。思わずグチャグチャにしてやりたくなるくらい、嗜虐心がそそられますわぁ……ハァ……ハァ……」
 青ざめる僕の顔とは対照的に、真夜の顔は頬を上気させ、興奮により赤らんでいる。
「ハァ……ハァ……、さて、それでは存分に楽しませて頂きますわね」
 真夜は黒尽くめのワンピースの中から豊満な胸をはだけさせ、僕の上に跨った。
 そして制服のズボンのチャックを下げ、中から例のブツを取り出そうとする。
 それと同時にどんどん下半身が熱くなってきた。
 あわやブツの御尊顔と相見えることになるのかと思われたその時。

バンッ

部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ハァ、ハァ、あんたが礼太の言っていたストーカーか。よくも私の彼氏に手を出してくれたわねっ!!」
 その場に息を切らして現れたのは、茶色の髪をポニーテールに結った快活そうな制服姿の少女。
 僕のよく知る幼馴染兼彼女、沖 久留美であった。
「あらあら、誰かと思えばいつも礼太さんの周りをうろちょろしている泥棒猫ではありませんか。私と礼太さんの愛の時間を邪魔しようだなんて、良い度胸ですわねぇ」
「ふん、催涙ガスだなんて卑劣な手段で礼太を誘拐しておきながらこの言い草とは、つくづく救えない女ね。私は意地でもあんたを倒して、礼太を連れて帰る! 精々覚悟しなさい!」
「覚悟するのはどちらになるか、精々思い知るべきですわね!」
 真夜は懐からスタンガンを取り出すと、そのまま久留美の方へと襲いかかった。
「ふん、そんな攻撃を素直に受ける程、私は間抜けじゃ無いわよ!」
 久留美は難なくその攻撃を躱してみせる。
 しかしその時、久留美の脇腹に鋭い痛みが走った。
「痛ぅっ!! ……え、こ、これって……」
「く、久留美ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 脇腹に突き刺さっている物を見た久留美は言葉を失い、僕は思わず悲鳴を上げた。
「うふふふ、詰めが甘いですわねぇ。こんなこともあろうかと、ナイフを隠し持っていた甲斐がありましたわぁ」
 真夜はもう片方の手に持っていたナイフを引き抜き、べっとりとついた鮮血をひと舐めしつつほくそ笑む。
 ポタポタと流れ出る鮮血と共に久留美の体から力が失われ、久留美はその場に力無く崩れ落ちた。
「うふふふ、私と礼太さんの愛の時間を邪魔した報いですわ。ここで惨めにくたばりなさいまし!!」
 真夜はそのままナイフを久留美に振り下ろした。
「久留美ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 ああ、もう駄目だ。
 僕はこのまま一生この狂った女に監禁し続けられるんだ……。
 そう諦めかけていた。
 だが、そのナイフが久留美の体を突き刺す事はなかった。
 何故なら、久留美はすんでの所でナイフを握った手を受け止めていたから。
 よかった。
 こっちにもまだ希望があった。
「私はまだこんな所でくたばる訳にはいかないわ! だって大事な彼氏が待っているんだから!!」
「な、何ですの一体!? この女の何処に一体そんな力が!?」
 鮮血の滴る脇腹を抑えつつ、久留美は狼狽える真夜からナイフを奪い取り、スタンガンを持つ手を斬りつけた。
「きゃあっ!? な、何をするのですかこの泥棒猫!!」
 真夜は手から鮮血を吹き出し、持っていたスタンガンを取り落としてしまう。
 その隙を久留美は見逃す事はなかった。
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 久留美はスタンガンを拾い上げると、そのまま真夜の懐に一発お見舞いした。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 強烈な電撃を喰らった真夜は、手足に掛けられた錠の物と思しき鍵を取り落とし、その場に倒れ伏す。
 久留美は鍵を拾うと、僕が縛り付けられているベッドへと行き、手足の錠を外してくれた。
「助けてくれてありがとう久留美。もう僕はこのままあの女に監禁されたま一生を過ごすのかと思ったよ」
「礼を言うのは私の方、あの時礼太の声が私の心に届いたから頑張れた様なものだし……痛たたた……」
「だ、大丈夫!?」
「私は大丈夫……後は警察を呼ん……で……」
 久留美は自分のスマホを僕に手渡した後、その場で気を失ってしまった。
「ちょ、久留美、久留美!?」
 僕は思わず久留美の体を揺さぶり、声を掛ける。
 しかし程なくして、彼女の寝息が聞こえてきた。
どうやら事件を解決出来た事への安堵と、著しい体力の消耗により、力が抜けて寝てしまっただけなのだろう。
僕はホッと胸を撫で下ろし、警察と救急車に連絡をした。

程なくして部屋に警察と救急隊が突撃し、久留美は病院へ搬送、真夜は警察に逮捕・連行され、僕は無事に保護された。
 警察曰く、もう二度と真夜が僕の目の前に現れる事はないと言う。
 それを聞いて、僕はホッと一安心した。
 久留美の方も傷は思ったより深く無かった為、二、三日で退院することが出来た。
 結局あの日のデートは台無しになってしまったが、あの事件は結果的に僕と久留美の愛を再確認するいい機会になったと思っている。
 そう言う意味では、今現在は刑務所にいるであろう真夜に感謝している僕であった。

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