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終わりへ向かう始まりの歌【ノンフィクション小説】

※手紙部分は原文のまま。

~2014.8.14 完結

2015.7.26~2015.8.31 加筆修正

2015.8.24 タイトル修正

2017.8.13 加筆修正

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乃亜ちゃん。
貴女がこの世を去ってからもう2年が経つね。時の流れは本当に早いなって。

ねぇ、乃亜ちゃん。
乃亜ちゃんが最後に残してくれた言葉通り、頑張ってみたんだ。
頑張れてたかな、私。空から見てくれてた?

貴女とはネット上だけの付き合いで、貴女の顔も声も知らない。
でも、貴女とは確かに仲良くなれた。貴女のことが大好きになったよ。この気持ちは絶対に忘れたくないんだ。

だから、貴女との思い出を文章にして残そうと思うの。
『乃亜』という一人の少女、一人の人間を忘れないように。
貴女からは大事なことをたくさん教えてもらったよ。
ありがとう。本当にありがとう。

乃亜ちゃん、私はずっとここにいるから。
乃亜ちゃんに笑顔になってもらえるように、ここにいる。
だから、見守っててね。
大好きだよ!

2015.7.26
からん


2012年4月。
私は中学校を卒業し、高校生になった。
人見知りで友達も少なかった中学生の頃の私。
高校に入れば、友達も増えるだろうとたかをくくっていた。
すごくワクワクしながら入学式の日を待っていたのを覚えている。
でも、その考えが甘すぎたということをすぐに思い知らされた。

入学式の日。
学校に行くと、中学の時より何倍にも増えた同級生の数。
それを見て私は、希望ではなく、不安に支配されてしまった。

怯えてしまった。

授業が始まっても、私は不安に支配されたまま。誰にも話しかけることが出来なかった。
隣でクラスメイトが話しているのを横目で見ることしかできなかった。
人見知りがこんなにも恨めしいものだとは思わなかった。
そして、そのままズルズル引きずってしまい、気づけば一学期が終わろうとしていた。


19時。
合唱部の練習が終わり、私は学校の最寄り駅のホームにたどり着いた。
部活終わりということもあり、もう顔も見慣れた同級生たちがアイスを片手にぺちゃくちゃと話していた。

(ウザったい…。)

一学期も既に3ヶ月が過ぎ、クラスのみんなが気の合うグループを作りつるみだした頃、どうしても声をかける勇気がない私は完全にクラスから孤立してしまった。
誰からも話しかけられない、自分からも話しかけない。
クラスメイトとの間に壁を作った私は、この3ヶ月でひねくれた性格になってしまった。


汗ばんだ体を柱に預け、スクールバックから中学卒業と同時に買ってもらったピンクのスマホを取り出した。
そして、いつものように画面上のピンクのアプリアイコンをタップした。
【ブログ】
画面に広がるのは管理人ページ。
私は今までと同じように『友達探し』にふけった。

(誰か気の合う人いないかなー)

派手なアイコンと文字列の画面をスクロールしていると、ひとりの女の子の名前が目に止まった。

【乃亜】
『絵師してます』
『ニコニコ動画が大好きです』
『病気持ちなので更新は遅いです』

どうして彼女に惹かれたのか、未だにわからない。
「好きなのが被ってたから」って理由もあっただろうし、やっぱり「なんとなく」だったと思う。
でも、今思えばこれは間違いなく【運命】だったんだ。

【乃亜】という子が気になった私はすぐに彼女のページにアクセスした。
…『この前描いた絵載っけるね!』
『あのボカロPの新作よかったなー』
『また病院の検査引っかかっちゃったよ』…


電子的な文字が紡ぐ彼女の日常と想い。
ブログを読みながら、なぜか「この子とは絶対に仲良くなれる!」と直感的に思った。

乃亜という女の子と早く話したくてウズウズしてきた私は、意を決してfan申請を出すことにした。
あーでもないこーでもないと文章を考えた結果、とても簡素な文章になってしまった。

『私もニコニコ大好きなんです!よければ仲良くしてもらえますか?』

そこで画面から顔を上げると同時に電車がホームに滑り込んで来た。
相変わらず耳障りな声で話を続けるクラスメイトを横目に、開いたドアから乗車した。
電車の中は冷房が効いていたが、私は乃亜という女の子の返事はまだかとドキドキしていたせいで全身にジワリと汗が滲んだ。

たった数分間がとても長く感じた。
その数分をスマホでネットサーフィンをしながら潰した。
スマホを触りながら、すごくそわそわしていた。

そして、『乃亜ちゃん』から返信が帰ってきた。
『こんなあたしでよければぜひ!よろしくお願いします!』
やった!返信返ってきた!
そうして、彼女と私の関係は始まった。

それから、乃亜ちゃんとの距離は急激に縮まった。
乃亜ちゃんのブログ記事には必ずコメントを残し、また彼女もそれに必ず返信してくれた。
そのひとつひとつの言葉がすごく嬉しかった。
『乃亜ちゃんのことをもっと知りたい』
その一心で彼女のブログに毎日のように訪問した。
(その時私は、他の人のブログは見ずに乃亜ちゃんのブログしか読んでいなかった。本当に他の人に申し訳ない事をしたな、と今になって思う。)

乃亜ちゃんは、絵師というものをしていた。
ブログにも自身の絵を載せていたが、すごくかわいい絵柄で乃亜ちゃんの絵が私は大好きだった。
こっそりダウンロードしてスマホのホーム画面に設定しているほどだった。

ある時、乃亜ちゃんのホームページでイメイラを描いて欲しい人を募集していた。
『イラスト依頼を募集します。』
『描いて欲しい人はコメントお願いします』

私はその記事にすぐコメントした。
『イラスト描いてください!イメージはこんな感じで…』
乃亜ちゃんに細かいイメージを伝えた。
どんな絵が出来るのかワクワクしながら文字を打っていた。

数分後、
『わかった!ブログにも載っけるから、ちょっと待ってね』
そしてドキドキしながら絵の完成を待った。

一週間後、乃亜ちゃんのブログが更新された。
私は何気なくそのページに飛んだ。
乃亜ちゃんが紡いだ一文字一文字を大切に読んだ。
そして最後に、『最近描いた絵を載っけます!』という文章の後に彼女の絵が並んでいた。

その中にあった。乃亜ちゃんが私へ描いた絵。
私の指先は無意識に動いていた。
『すごくかわいい!ありがとう!』
その日から、彼女の絵は私のTwitterのトプ画になった。

乃亜ちゃんとの交流は、季節が変わり冬の制服に衣替えしてもまだ続いていた。
乃亜ちゃんのブログへのコメントは私の優先順位の常に最上位にあったし、コメントに対しての返信も楽しみだったのだ。

ある寒い日。
相変わらず一人で学校から帰っていた。
左手を厚手のコートのポケットに突っ込んで、右手でスマホを触っていた。

その日、乃亜ちゃんのブログには『あたしとLINEしたい人ー?』という記事が更新された。
私はもう条件反射のようにコメントを残した。
『LINE交換したい!』
そして、“いつものように“乃亜ちゃんから返信が来た。
『じゃあID教えて!追加しに行くから!』

しばらく後に、私のLINEの友達欄に『乃亜』の名前が出現することになった。

そして、乃亜ちゃんとLINEでもよく話すようになった。
乃亜ちゃんのタイムラインにコメントを残し、それに彼女も返信してくれた。
乃亜ちゃんと話すのは楽しくて幸せだったし、私にとって乃亜ちゃんは心の拠り所になっていた。
この幸せがずっと続くと思っていたし、私もそれを強く望んでいた。

でも、この時の私は忘れていた。
彼女の病気は進行していて、命はもう長くないということ。


『あたしはもうすぐ死ぬんだからいいじゃん!!』
『構わないでよ!!』

…ん?

LINEのタイムラインでの交流に慣れてきた頃、乃亜ちゃんに異変が起きた。

人格が変わった。
荒々しい口調、激しい言葉でタイムラインに文章が綴られていた。
それは愚痴だったり、彼女の心の叫びだったり、とにかくいろんなことが書かれていた。
時には、私が乃亜ちゃんから聞いていたことと違うことが書かれていたこともあった。

解離性同一性障害。
乃亜ちゃんの性格が変わったのはこの病気が原因らしい。

ショックだった。悲しかった。
乃亜ちゃんは、こんなにも辛い想いをしてたのか。
なんで、私は乃亜ちゃんをわかってあげられなかったんだろう。
なんで、乃亜ちゃんは病気なんだろう。

しばらくして人格が戻ったのか、彼女はいつもの口調で謝ってくれた。
『ごめん。さっきの投稿、書いたこと全然覚えてないんだけど、たぶん病気のせいだよね』

…忘れられる訳ないじゃん。
私は胸が痛くなった。


それから、乃亜ちゃんの人格が変わることがたまに起こった。
入院生活に対しての愚痴、自分の状態に対しての暴言。
暴言の矛先がネット上の友達である私たちに向くこともあった。

でも、私はコメントすることをやめなかった。
私は『乃亜ちゃん』を、彼女を蝕む21個の病気を受け止めようと決めた。
病気をたくさん持ってるからって、人格が変わったって乃亜ちゃんから離れたくない。
それも全部含めて『乃亜ちゃん』なんだから。
そう思ったから。


その日は、暑い夏だった。
乃亜ちゃんと出会ってから1年。
私は高校2年生だった。

手術。
乃亜ちゃんはタイムラインで告げた。

『あたしはもうそんなに長くない。
もし手術がうまくいかなかったら妹に報告をお願いするから。
だから今言っとくね。みんな、ありがとう。』

心臓が抉られそうだった。
この時の私にとって、乃亜ちゃんが心の拠り所であり、乃亜ちゃんが全てだった。
乃亜ちゃんがいなくなるなんて考えたくなかった。

どうすればいいんだろう。
乃亜ちゃんのために何かしてあげたい。
乃亜ちゃんの力になりたい。

思考を巡らせた結果、ひとつの考えに行き着いた。
手紙を書けばいいんじゃないか?
それに私、詩を書くのが好きだし、詩に想いを込めれば喜んでくれるんじゃないかな?
ちょうど、ちょっと前に住所も聞いたし。

そうと決まればすぐに作り始めよう。
乃亜ちゃんの手術が始まる前に。
私はすぐに引き出しの奥にしまった便箋を探しだした。

ペンを走らせながら、乃亜ちゃんからの何気ない言葉を思い出していた。
『からんちゃんの踊ってみた可愛いよー!』
『からんちゃんと好きな曲一緒w』

そこで初めて実感した。
乃亜ちゃんの言葉が私の生きる原動力になっていたんだ。


詩が完成して手紙も書き終わった。
乃亜ちゃんへの激励の言葉、正直な気持ちを全て手紙に書いた。

乃亜ちゃんのこころに届くかもわからない。
もしかしたらウザいと思われるかもしれない。
でも今はためらってる時間はないんだ。

乃亜ちゃんに届きますように。
私は手紙をポストに入れた。


ポストに投函して二日後には乃亜ちゃんの元に届いたようで、彼女から最初で最後とも言える個人LINEでメッセージが来た。

『手紙、届いたよ。ありがとう。あたし、頑張ってくるよ!』

あぁ、届いた。乃亜ちゃんに届いた!
その文章を見て、やっぱり乃亜ちゃんは強いな、と思った。


高2の夏休み後半。
学校でも独りなので、友達と遊んだ記憶なんて全くもってなかった。
私は、乃亜ちゃんからLINEを貰った後、一週間くらいすごくそわそわしていた。

そして。
乃亜ちゃんの妹、『葵乃』と名乗る女の子が乃亜ちゃんのタイムラインで文章を綴った。

『この前、私の姉が手術をしてきました。
どんな結果でも姉の状態が聞きたいという人は、グループに招待します』

嫌な予感。夏で暑いはずなのに寒気がした。
それでも聞きたい。やっぱり聞きたい。

私はそのタイムラインにコメントした。
『私も聞きたい。招待してください』

そして、LINEグループに人が集まってきたところで、妹『葵乃ちゃん』から告げられた事実は。

『乃亜は亡くなってしまいました。皆さん、乃亜を愛してくれてありがとうございました』

あぁ…そうか…乃亜ちゃん…
私は全身の力が抜けてくのを感じた。

そのグループ内で、乃亜ちゃんと関わった人たちは、乃亜ちゃんの死を悲しむメッセージを送りあった。
みんな、乃亜ちゃんを想う気持ちは同じだったんだね…。
そう思うと、なんだか視界が歪みだした。

…あ。
いいこと思いついたかも。

『あの、乃亜ちゃんの葬式はいつですか?』
私はひとつの提案を持ちかけることにした。

すると、葵乃ちゃんから返事が来た。
『9月中旬にあります』

あぁ、それなら大丈夫そうだ。

『乃亜ちゃんの棺にみんなの書いた手紙を入れませんか?』

『あ、いいですねそれ!』
『やりましょう!』
皆は私の提案を受け入れてくれた。

よかった、賛成してくれて。

『みんなありがとう。じゃあ住所教えます!あたしも返事書きますね!』
葵乃ちゃんは言った。
乃亜ちゃんはみんなから愛されてたんだなぁ。
提案をした二日後、私は書き上げた手紙を投函した。

…来た。
あの提案をしてから一週間。
学校が始まって、憂鬱になっていた気分もすぐにどこかに吹っ飛んだ。

家の郵便受けにブルーの封筒。そこに書かれていたのは彼女の住所。

返事が来た!

急いで階段を3階まで駆け上り、部屋に入る。
上がった息を抑えて、カッターで封を開けた。

中から出てきたのは、乃亜ちゃんが描いた絵が3枚、葵乃ちゃんのメッセージ、そして。
乃亜ちゃんが生前に遺した私への手紙だった。

「からんちゃんへ。
手紙、ありがとう。すごく嬉しかった。
手術、応援してくれてありがとう。
詩、心にしみたよ。
ブログで出会ってLINEで話して、楽しかった。
そして、もう関われなくてごめんね。
からんちゃんの歌、完成したら投稿してね!!
空で聴いてるよ。
つらくなったら、空を見上げてね。
空、見上げながら、『助けて』って叫んで。
そしたらあたしが助けに行くからね。
詩も、手紙も嬉しかった!!
いままでありがとう。
2013.8.17」

言葉が出なかった。
乃亜ちゃんがなぜあんなに愛されたのか。
ようやくわかった。

読み終わった便箋を封筒にしまって、私はベランダに出た。
この日も、雲ひとつない青空が広がっていた。

「ありがとう、乃亜ちゃん」 

fin.

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