肉体と身体の違い その2

ちょっと間が空いてしまいました。
肉体と身体、それをどうとらえるか、それが稽古の質を変えていく時には大切になる、という話です。

身体感覚、と簡単に言葉にしていますが、感覚は言葉では伝えきれるものではありません。
これは瞬間移動だ!、と思える「感覚」があっても、それは目には見えません。ただ、ちょっと丁寧に話をすれば、伝わる事もあります。
それはそれぞれに「共通の感覚」があるから。

瞬間移動を説明する時に使う喩えは「コイン」。コインがひっくり返る感じを思い出してもらい、技を受けてみれば、私の重心が左右に瞬時に向きを変える感じが分かるかもしれません。
まぁ、割合はわかりませんが、伝わるのは確かなようです。伝わった人は常識的な動きをしなくなります。直線ではない移動は通常の抑え方では止められません。

今でこそ、こうしてややこしい説明をしていますが、稽古をし始めた時にはもっと、「普通」でした。
そもそも、私自身が身体感覚が何なのかを定義もしていませんでした。なんとなく、そんな世界がありそう・・・そんな淡い夢をみて稽古をし始めたのです。

不思議な技は甲野先生から受ける事が出来ました。
その動きはそれまで全く見た事のない動き。まさに、気配のない、漫画の世界の動きでした。
その動きに私の頭は大きく揺らされ、それまでの常識的な練習に戻る気持ちはなくなりました。
若く世間知らずだった事も幸運でした。立場や責任もなく、ただ、自分の興味に従い稽古を始められたのです。

とは言え、手がかりはありません。
もちろん、甲野先生はご自身の技をしっかりと言語化されていましたが、それが全く私に入ってこないのです(笑)。
今なら理由もわかります。私の身体がガチガチで、イメージする余裕すらなかったのです。
ただ、この先生との巨大なレベル差が、もう自分で探るしかない、という道を見せてくれる事になるのですから不思議なものです。

最初に手がかりになったのはなんと、「力み」です。
多くの身体技法はリラックスを勧めてきます。今、私もリラックスを勧めています。それは心落ち着ける事で、身体を感じる事ができるからですが、それすらも出来なかったのが30年近く前の私でした。

そもリラックスが何かわかっていなかったのです。
力が入っているのか、入っていないのかがわからない。
力んでいるね、と言われても、それがまず、わからないのです。
きっと四六時中、ずっと、肩などに力が入っていたのでしょう。
私のスタートラインは本当にひどいものでした。

半年ぐらいは全く成果も得られない真っ暗な稽古をし続けました。
それでも、手探り状態であれこれ試していくうちにわかってくるものがあるものです。
相手に負けないように力を入れていると、その力が入っていくところが分かってきます。
力んでいた身体がさらに力み、際立ち始めたのです。

体には力の入りやすい場所があります。
肩はその代表。お腹や、げんこつもそうです。
肩に力を入れていくと、大きな力が出ます。ただ、これはとっても雑な力。こんな力は相手にも丸わかり。簡単に止められます。

肩がダメなら、お腹、腹筋に力を入れてみます。身体が丸まり、力んだ猫背の姿勢が生まれたりしますが、もう、本当にひどい姿勢です(笑)。
心底、これはダメ、とわかると、それらの力み方に未練がなくなるのでしょう。じゃあ次は、次は、とどんどん新しい力み方を探していけるようになりました。

手首にも力は入るし、肘にも入る。また、お腹もそうだし、膝や腰、背中にも力は入れられる、力んで力がそこにたまると、その部分の身体が見えてきます。

この時見つけた身体は肉体的な身体と言えるものです。
誰もが疑わない、肩、肘、手首。お腹に腰、背中など、間違いなくそこに「ある」ものです。
この「ある」ものから稽古をし始められたのは本当に幸運。
もし、イメージ豊かに身体感覚としてエーテル体やアストラル体、オーラ体など、形としてない身体を見つけてしまっていたなら、その魅力に取りつかれてしまったはずです。

私は生身と言われる肉体から観察をし始めました。
今、光の身体や魂の身体感覚も伝えていますが、それは生身の身体に確かなものがある、という安心があってこそです。

生きるというのは死ぬ事と同じです。
一日生きれば、一日死ぬ。どれだけイメージ豊かなエネルギー体を持っていても、老化によって生身が重く自分自身にのしかかってきます。
若い間は気づかない重さが年齢と共にやってくるのです。
稽古をし始めてから何十年か歳を実際に重ねたからこそ、よくわかります。

もし、エネルギーの事しか知らなければ、突然出てきた生身の重さに驚いてしまうのも仕方ない事だろう、と思います。
ただ、元気あるうちに生身をちゃんと観察しておく。それが出来たなら、きっと、そこには「最後の砦」としての身体感覚が生まれます。
どんな瞬間でも、何とかしてくれるのが生身の身体です。

イメージから広がる世界は魅力的ですが、肉体として閉じている世界も魅力的。自分だけの世界を味わいたいなら、変にエネルギーの世界を求めず、肉体をより細かく観察した方が近道かもしれません。

肉体と身体の話はそのまま心と身体の話に繋がります。
心身一如。心と身体は同じもの。それを知っている人は多いですが、実感を持ってこれが身体、これが心、そこに心身感覚を持っている人は少ないようです。
私の基準は首を絞められようがそこに身体感覚としての術理はあるか、そんな感じです。真剣ではありますが、まじめすぎないように稽古する。この線引きはちょっと難しいなぁ、と今でも思います。

こうして思いついた事を淡々と言葉にしていく。
この作業も稽古には大事。
ひたすら、思いついた事を書いているだけですので、読み返すと自分でも不思議な感じがします。
もう少し、肉体と身体の話は続けていきます。
きっと、これ、「次元」の話にもつながっていくと思います。よければお付き合いください。

【不定期稽古】つくば稽古、甲野善紀名古屋稽古決まりました!

「つくば稽古」
稽古日時:2023/6/4(日)13:00-20:00(入退室自由)
今回は初のロング稽古です。稽古の中身も楽しんでもらいたいですが、それ以上に「過ごす」という事を感じてもらえたら、と思っています。
会場:つくばカピオ リフレッシュルーム
参加費:10000円
申込、詳細はこちらのページから

「甲野善紀名古屋稽古」
稽古日時:2023/5/13(土) PM3:00~PM6:00
事前自主稽古としてPM0:00から道場を開けます。ぜひ、ご参加ください。
稽古場所:名古屋緑道院
会場住所:名古屋市緑区浦里4-202

参加費:8000円

私の稽古はどこの稽古場も、基本もなければ、覚えなくてはいけない技もありません。ペアを組んで号令に合わせて行う練習もありません。気楽に、興味本位でご参加ください。

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