ゲンロン関連の動画配信サービス『シラス』を褒め称える

思想を唱え散らかすだけなら簡単で。僕がこのNoteでやってる放言もそうだけど、言うだけなら簡単なんですよ。ほんとに。

動画配信サービス『シラス』代表の東浩紀さんの本はいくつか読んだしTwitterも追っていますが、そこに書かれている人と人の繋がり方の理想像とか、このままじゃいけないというインターネット言論空間に対する危機感とかを、言い散らかすだけじゃなく「理想が実現できる環境・プラットフォーム」として自分たちの力でつくりあげたところが、まずなによりもすごいところだと思っています。

しかしこういう僕の意見が「シラスというオンラインサロンの信者が教祖を褒め称える文章」として読まれてしまうこともわかっています。
そこで「いやシラスだけは違うんだ!」といっても「わたしの神だけが本物だ!」というようなものなので、もっと広い視座から、インターネット上のマネタイズのモデルについてを軸に書いてみようと思います。


1. 広告収入というモデル

まずYouTubeやTwitterなどユーザーが無料で使えるサービスには、ほとんどの場合広告が表示されます。
地上波テレビがCMを流すことで企業から広告費を得るように、そこから得るお金をサービス運営や制作・人件費などに使っているわけです。

テレビでは「視聴率」が番組成功の基準になっていますが、
これはインターネットでいうと「アクセス数」です。
見ている人が多いほど広告を出したときの効果も高いことが見込まれるので、インターネット上でお金を稼ごうとするときには、とにかくアクセス数を増やしていくことが重要になるわけです。

では、アクセス数を増やすためにはどうしたらいいのでしょうか。
僕はマーケティング理論などまったく知りませんが、
1. 新潟県にあるマリンピア水族館にいるシナイモツゴについての情報
2. 今年の夏にウナギの蒲焼きを安く食べられる方法
で比較すれば、後者の方がアクセスを集めやすいだろうと思います。

シナイモツゴも絶滅危惧種の希少な魚なので情報を求める人はいると思いますが、ほとんどの人の生活には関係ありません。
なので多くの人の生活に関わりのある食用ウナギの情報の方が、アクセスの数は多くなるだろうと。

となると、広告収入というビジネスモデルでは、必然的に「ごく一部の人しか求めていないような情報」は少なくなっていってしまいます。

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2. オンラインサロンというモデル

その対局のようなビジネスモデルが「オンラインサロン」だと僕は思っています。
オンラインサロンの場合は、世の中の多数派の人々にアクセスしてもらう必要はなく、ごく一部の「熱烈なファン」が会費を払い続けてくれればビジネスとして成り立ちます。

そこではむしろシナイモツゴのような「ここでしか手に入らない情報」「あなたの興味と完全に一致した情報」が提供されることに価値が出てくるのだと思います。
そしてそこに集まるのは自分と同じ興味を持つ人々なので、ユーザー同士でマニアックな話題で延々とやりとりすることも可能でしょう。

しかしこうした同類同族で集まるコミュニティには「フィルターバブル」「エコーチェンバー」と呼ばれるような問題もあります。
これがオンラインサロンが「宗教・信者ビジネス」と揶揄される原因になっているのだと思いますが、同じような興味の人に囲まれて、ある特定の価値観の情報を受け取り続けると、見える世界がどんどん狭くなっていき、常識的なバランス感覚が失われてしまうという現象です。

これが閉じたコミュニティの問題点だとされています。
周りにいる50人が同じことを考え同じことを言っていると、自分もその考え方を無批判に受け入れるようになってしまい、別の考え方に触れて思考を修正する機会が失われてしまうというわけです。

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3. 東浩紀さんの哲学

こうした問題について、東浩紀さんは『シラス』のサービスを始める以前から、具体的にいえば『ゲンロン0 観光客の哲学』という本などで語っています。

まだすべて読めてないので恐縮ですが、内容について僕なりに解釈すると、
「自分の趣味・価値観を頼りに主体的に情報を得ようとすると、オンラインサロンビジネスに引っかかり、深く閉じた沼にはまる」
「なにも考えずテレビを見るように受動的に情報を得ていると、広告収入ビジネスの客寄せパンダに引っかかり、浅い表面しか知ることができない」

それであれば、
深いところを覗きつつも、沼に完全にはまってしまわないように距離を取る」ことができれば、問題は解決する。
というのが、いまの僕なりの "観光客の哲学" の理解です。

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4. シラスというプラットフォーム

そして最初に書いたように、
『シラス』という動画・生配信サービスにはその哲学が反映されていると思うわけです。

まずシラスの "オンラインサロン的" なところは、
・ユーザーは月額課金をすることで特定の配信者の放送を視聴できる
というところです。
だいたい月額2000円くらいで、1つの配信者チャンネルに加入し視聴・コメントができるようになります。

現状、配信者数 (チャンネル数) は30ほどあるようで、
・日本の歴史研究者のチャンネル
・アニメ, 漫画, 映画などの文化研究のチャンネル
・ロシア語講師のチャンネル
・建築写真家のチャンネル
など、それぞれのユーザーの興味にあったところに課金することができます。
(ちなみにゲンロン公式チャンネルだけは割高で月額6000円くらいです)

これだけなら「各配信者のオンラインサロンを集めて並べただけ」と言えますが、シラスには "単独購入" というシステムがあります。
これはユーザーが「チャンネルに入る気はないけど、この番組だけ見てみたい」と思ったときなどに使われることを想定されています。

各チャンネルでは、自分の得意とするテーマ (日本史 / ロシア語など) を語る以外にも、最近の政治情勢や、特定の作品についての番組もおこなわれます。
たとえば「2021年衆議院選挙についての回」とか「エヴァンゲリオンについて語る回」とか「新潟県の歴史的名所を訪れてみた回」とか。

こうしたときに「配信者のチャンネルに月額を払うほどではないけど、このテーマは気になるな」と思ったユーザーが、数百円単位で単独購入をして、番組を観ることができるわけです。

実際に僕は、新潟県民なので「新潟の名所回」を観るために単独課金しました。
あと別の配信者で「ルッキズム」というテーマの番組があったので、知らない方でしたが単独購入で観てみたりもしています。

こういう「月額課金だけじゃなく、単独購入で距離を取りながら関わるユーザーがいる」という状況は、配信者の側にもよい影響をもたらすと東浩紀さんは考えているようです。

もしもオンラインサロンのように完全に月額課金にしてしまうと、配信される番組はどうしても「内輪向けの放送」に偏っていってしまうと考えられます。
しかし単独購入者という「観光客のようにふらりと現れてお金を落として去っていく人」がいると、放送する側の意識も変わってくるでしょう。
それにより内輪向けではなく、外の世界からくる一見さんにもわかりやすいコンテンツづくりを心がけるかもしれません。

料金面にもそうした考えが反映されていて、
月額2000円ほどのチャンネルでだいたい月10回ほどの放送を観ることができるのに対して、単独購入は1放送あたり500円程度と割高です。

配信者からすれば「チャンネル会員 (内輪) を増やすこと」だけじゃなく「外側の観光客を呼び込んで単独購入を増やすこと」での収入増加も大きなインセンティブになるので、自然とひらけた空気が生まれやすくなる、というのが東浩紀さんの考えなのだと思います。

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5. "誤配" について

最後にもうひとつだけどうしても書いておきたいのが "誤配" についてです。

僕は先ほど「単独購入で新潟県についての番組を観た」といいましたが、その後、その配信者に興味を持って月額チャンネル会員になりました。

番組を買った時点では僕は「新潟県」という自分と関係のある世界の情報を得ようとしていたにすぎません。
しかしそれをきっかけに「この配信者おもしろいな」と思ってチャンネルに加入し、新潟県と関係がないテーマの番組も観るようになりました。

その配信者が得意とするのは日本の近現代史の研究で、僕にはあまり興味のない分野でしたが、「せっかく加入しているんだから」と貧乏性から他の番組を観てみることで、興味がなかった分野の知識がどんどん溜まり、それに伴って分野そのものに少しずつ興味・関心を持てるようになってきた気がします。

こんな風に、ちょっとしたきっかけで偶然、自分の興味・関心の範囲にないものに遭遇し巻き込まれ、それによって自分の興味・関心自体が少しずつ変化するような体験を、僕は東浩紀さんの言葉を借りて "誤配" と呼んでいます。

インターネット上では、自分の興味にあったものを検索・クリックしていく仕組み上、必然的にフィルターバブルが生じます。
だからといって「自分の興味ないものもクリックするようにしよう」なんて解決策が普及するとは思えませんし、その行動自体が「 "反フィルターバブル" という興味・関心」に基づいたものでしかありません。

だとすれば大事なのは「ランダム性」で。たとえばある観光名所を訪れようと旅に出たとき、そこに着くまでには飛行機に乗ったり、電車に乗ったり、人に訪ねたり、といった様々な "余計なこと" が必要になります。

僕の友人の話では、イギリス旅行にいったとき、ストライキで電車が動いていなかったために回り道をすることになった、なんてこともあったそうです。
その友人は単なる観光旅行でイギリスに行っただけでしたが、その旅は結果的に「なぜあの場所でストライキが起こっていたんだろう、どういう人たちが起こしていたんだろう」という予想もしなかった興味・関心につながりました。

この「ランダムで自分の意志とは関係のない巻き込まれから、新たな興味・関心が育っていくようなこと」を僕は "誤配" と表現しているわけです。

もしインターネット検索で「イギリス  ロンドン塔」と入れたとしても電車ストライキの情報は出てきません。検索してから目的の情報に辿りつくまでに、電車に乗る必要なんていっさいありません。
そうして目当てのものに辿りつくまでの "余計なこと" が削ぎ落とされた結果、知らない物事に出会うチャンス、自分の興味・関心の外側に触れるチャンスを失っているんじゃないか、という問題意識が、きっと東浩紀さんの中にもあるんだと思います。

そして『シラス』というプラットフォームは、そうした問題の解決策としての方向性を現実に示すのと同時に、ビジネスとしてしっかり収益を上げているという意味で、二重にすごいことだと僕は感動しているわけです。

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追記: コメント機能について

読み直してみたら、コメント機能についてなにも書いてなかったのでこっそりと書き足しておきます。

シラスも他の配信サービスと同じようにリアルタイムでコメントができますが、特徴的なのは "リアルタイムじゃなくても" 同じようにコメントができるところだと思います。

つまり生放送中にされたコメントと、後からアーカイブ動画化されたものを見ている人のコメントが、同じコメント欄に流れるわけです。
僕は基本的にアーカイブで見る派なのですが、動画の特定のタイミングにコメントしたいときなどすごく便利です。

もし例えばYouTubeでそれをやろうと思うと、動画の下に表示される通常コメント欄に「2:25:50のところで……」みたいな前置きを付けないと、どの場面に対するコメントなのかわからなくなってしまうわけなので。

ちなみにこういう細かい仕様については、日々改善・機能追加がおこなわれていて、こういうのは独自で配信プラットフォームを立ち上げていることの強みなのかなとも思います。

とりあえず、本が好きな人、哲学が好きな人、なにか特定の分野について学びたい人には是非おすすめしたいですし、配信者によっては雑談を楽しむようなゆるい放送もあったりするので、作業用動画としてもいいかもしれません。

アカウントをつくれば、各番組をさわりだけ無料視聴することもできるので、、、ってなんかセールストークじみてきたのでこの辺でやめておきます。ちょうどながら聞きしてたシラス放送も終わったのでね。ロシア語講座からのドストエフスキー雑談おもしろかったです。

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