『からこといのち通信 №18』12月号 2021/11/20 発行
『からこといのち通信 №18』12月号(人間と演劇研究所 瀬戸嶋 充 ばん)2021/11/20 発行
束縛からの自由。仕事などしないで、遊んで暮らしたい。そこまでは思わないでも、現在の仕事を束縛と感じていて、束縛のない自由な生活を望む。そして仕事を辞めて、例えばダンサーを目指す。
ダンサーは食べていけない。バイトをする。給与などの待遇は以前より悪くなる。夢の実現のためと自らを励ますが、貴重な時間と体力がバイトで削られる。バイトは本筋ではないはずと思いながら、「自由」を夢見て耐え忍ぶ。
ダンサーだってそうそう仕事があるわけではない。プロダクションやトレーニング、スタジオのスケジュール、レッスン費用の捻出。時間とお金に縛られる。人間関係の軋轢も、以前の仕事以上に厳しい。時間の制約=束縛ばかりに引きずられて、ダンスを踊ることに胸躍らしていた解放感=「自由」は、やがて押しつぶされ委縮してしまう。
生活の重圧に耐えきれなくなり、また「自由」を求める。例えばアロマセラピストの資格を取って自活しようとする。新たな挑戦に胸が躍る。生きる希望が湧いてくる。ところが現実は考えた通りにはならない。。。よし今度こそはと、ネイリストの学校に通う。。。介護士はどうだろう。。。
そんなことを繰り返しているうちに、年月が過ぎ、やがては「自由」を求める気力が失せ、不満や遣る瀬なさばかりがつのる。気がついたときには、かつかつの生活を維持しながら、日々をどうやって送るか、生計に縛られる。自由なんてどこにも無かったと結論付ける。「自由」を生活や社会状況と時代の動向の中に求める限界を悟る。「人生は思いに任せぬもの!」と、使い旧された大人のことばを吐くしかない。
現実に私たちの外に広がる世界の中で「自由」を追い求めることは、そもそも無理があるように、私には思えてならない。自己実現というやつだ。多くの人がそれを求め、思いに任せず敗北し、やがて不満はありながらも、当たり障りのない生活の中に自己を埋(うず)めていく。
若いころにアーティストを夢見た人の多くは、そんな体験をしてきたのではないだろうか?日本という国はアーティストに対する処遇が以前からひどく悪い。当人の努力や素質を花開かせるための状況・条件は、あらかじめ皆無といってよい。だから自分の無力さだけを責めるのは、間違いだ。
アーティストに限らず、企業に勤める人も「自由」に関しては同じような状況かもしれない。彼らは大人=社会人としての常識の中で「自由」への渇望を、上手に飼いならしているのだろう。けれども満たされぬ「自由」への思いは、権力志向や競争の勝敗へと、自己を埋(うず)もれさせ、すり替えられて行くのではないか。生活や自我の体裁を繕うために。
ここまで考えると、会社員であれダンサーであれ、「自由」への態度に共通点が見えて来る。両者とも「自由」というものを自分の外に求めているのだ。会社勤めを選ぼうが、ダンサーになることを選ぼうが。当初には、自らの選択を実現しようと胸をときめかせ、見知らぬ世界へと足を踏み出した時があったはずだ。夢の実現に向かう喜びや、これまでの生活から羽ばたく解放感があっただろう。始めの頃の短い期間だったとしても、そこには「自由」があったのではないか。誰れもが初心の喜びとして、人生の節目節目で「自由」を知っていたはずだ。(子供や青年時代の特権と決めつけたくない!)
それが、年を重ねて行くと、現実社会や人間関係からの軋轢によって、「自由」よりも「不自由」のほうが自分の心を埋め尽くしていく。やがて「不自由」が脳(=意識)を占めてしまう。その息苦しさに対して闘いが始まる。「不自由」からの解放のために生きることが、人生の目的に置き換わってしまう。「不自由」と戦い、それを克服していくことが生きていくこと=「人生」となる。それが「自由」への道だと開き直り、置き換えられてしまう。
誰れもが初心の喜びとして、人生の節目節目で「自由」を知っていたはずだ。その希望に満ちた確かな解放感が、私たちの意識から締め出されてしまう。私たちの努力は「不自由」からの解放に向けられ、肝心の「自由」を求める心はどこかへ追いやられてしまう。
「自由」を求めるときに大切なのは、『「不自由」からの解放としての「自由」』ではなくて『「自由」そのものとしての「自由」』を視野に入れることだろう。『不自由』と対比的に『自由』を考えるのはなく、一歩踏み出し新たな出会いに向かう時の、希望に満ちた、自分の心を内側から細(ささ)やかに光らせ、その光で世界を明るく浮かび上がらせる、そんな『自由』に目を向けることが必要ではないだろうか。
『500マイル』という歌が好きで、弾き語りの練習に何度も歌っている。( https://youtu.be/K02Lh6RUjT8 )その歌詞に「汽車の窓に映った夢よ」とある。この言葉を私は、「汽車に乗って旅立つ、その未知の世界に託した夢のことを唄っている」と思っていた。上記一文を書く途中で、違うな!と思った。汽車の窓に映っているのは、背を向けて旅立つ、今までの街の生活の中で夢見た光景である。それは過去でありながらも自分を自分足らしめている、自分の世界である。そこから真に未知の世界へと旅立つのである。去ることへの深い悲しみと同時に、新たな世界へと旅立つ「祈り」が、そしてその祈りによって満たされる何かかが、同時に詠われているような気がしてきた。
蛇足だが「いま・ここ」とは、そんな過去と未来の両者の狭間に立つことではないだろうか?
姿を隠すことなく「自由」は、歴然として私と共にあるようだ。「いま・ここ」に。「自由」を求め続けるものに、その困難さを労(ねぎら)うように、プレゼントを手渡すように、「自由」はその姿を垣間見せてくれる。
瀬戸嶋 充 ばん
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【1】 レッスン生活40周年記念(その2)
【2】 あまねとばんの交換日記(呼吸の話)
【3】 レッスンのご案内
【4】 あとがき
【5】 バックナンバー( ばん|note )
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【1】 瀬戸嶋レッスン40周年記念(その2)
初めての「からだとことばの教室」参加。40年後のいまになって、その4か月余りを思いだそうとすると、だいぶ記憶が朧(オボロ)になっている。けれどもその間にいろいろとあったようだ。
半年にも満たない短い期間に、くっついたり離れたり3人の女の子とお付き合いした覚えがある。24歳青春バリバリ、無理もないことだけれど、私の頭(意識)には、私を縛っていた旧い常識・価値観が在った。女の子と手をつなぐのは恥ずかしいことだ、嫌らしいことだ、大衆の面前でイチャつくな、キスなどした日には結婚をしなければいけない、女子は肌を露わにするべきではない、不良はいけない、婚前交渉などあり得ないなどなど。そんな旧い世代の常識によって、これまでの私はタブーを意識し、行儀良さげに自分を保ってきた。綻びがいろいろありながらも(笑)
ところが、そこに得体の知れないもう一人の私が割り込んできた。旧い常識をバリバリと音を立てて喰い破り、平気でタブーを乗り越えてしまう。ひとつ破れるとあとは止め処がない。流れに身を任すしかできない。若さといえばそれまでだが、抑え込んでいた情動がとめどなく流れ出した。
教室でのレッスンは、18時半から始まる。必ず遅れてくる女性がいた。彼女が靴脱ぎのところに来ると、私はその到着が直ぐに分かる。レッスン場の中が大勢の人で込み合い大騒ぎしているときでも。私自身が背を向け、何かのレッスンに注目していても、何故か彼女の到着が分かってしまう。それを大変不思議に思ったことがあった。目で見て確認してはいない、声や足音を聞いたわけでもない。そっぽを向いていても「あっ!来たぞ!」と「ピン!」とくる。確かめる必要もない。「分かる!」のだ。
「からだ」の感度が高くなってくると、不思議なことが起こってくる。地下スタジオの空間全体に自分のからだの感覚、そのアンテナ(センサー)が広がっている。彼女がその空間に外から触れると、瞬時にその存在を感じ取る。(そうとしか言いようがない。「からだ」のレッスンによって感受性が開かれた結果だ)
これまでの私は、アンテナに蓋(蔽い)をしてきていたようだ。身を固めて感度を鈍くして、外部の変化(雑音)を受け取らずに居られるよう、自分を閉ざしてきた。無意識の裡(うち)であるが、閉ざすのが当たり前になっていて、蓋をしていることは意識出来なくなってしまっていた。それが「からだ」のレッスンを受けることで、これまで世間への適応のために固く身に纏っていた覆い(感覚への蓋)を、はぎ取られてしまった。
もちろん、心身に羽織った常識(タブー)を全て脱ぎ捨ててしまったわけではない。全部脱ぎ捨ててしまっては、生活や社会との付き合いが出来なくなる。もちろんそこはコントロールが出来ているのだが、それでも私は「自由」という言葉によって表される世界体験を、生まれて初めて「からだとことばの教室」の竹内レッスンの中で知った。
最初の頃、レッスンの課題で『やりたいことをやってみる』というのがあった。教室が始まって初回か2回目のこと。何でも好いから、自分がやりたいと思うことを一つ決めて、みんなの前(舞台)でやってみるレッスン。
6名ぐらいのグループを作り、1人ずつ舞台(皆の前)に出て、自分が考えたことをやってみる。オペラ歌手になって舞台で歌いだす人(もちろん空想の舞台、ごっこ遊びのようだ)、犬を連れて公園を散歩する人、すれ違う人に片っ端から小言を言って回る人(一人一人が次々と舞台でやり始めるので、舞台にはたくさんの人がうろついていて、不条理な訳の分からないやり取りが始まる)、怒る人、挨拶して回る人、ゆったり休憩したくて芝生の上に寝転んで背を向ける人。伴奏を口ずさみながらラジオ体操を始める人。。。
始めたら、自分以外の全メンバーが舞台に入るまで、ともかく自分で決めたことをやり続ける約束だ。その場の成り行きややり取りで、「やりたいこと」が変わっていくのはオーケーだが、竹内(竹内敏晴)の終了合図があるまでは、何とかあきらめずに舞台の上で何かをやり続ける。
5~6名の人が狭い舞台空間(5×3m四方)の中で、勝手放題に歌ったり、歩き回ったり、、、寝転がったり。人とその動きで舞台は込み合って賑やかなものだ。一人一人が自分勝手をやっているのだから、もちろんぶつかり合いも起きる。その混沌とした光景に、観客(20名ほど、他のグループのメンバー)は、こちらの床で笑い転げている。
人の前で何かをやらかすというのは、引っ込み思案の私には難題だ!自分たちのグループに順番が回ってくるまで気が気でない。他のグループの様子を見ながら、何をやるか一生懸命考えた。一世一代の舞台に立つような気分で、動悸が高まっている。ようやく考え着いたのが『岩』になる!これならば、何もしないでからだを丸めて舞台の上に転がっていればいい!
一番目のグループが課題を終え、一人一人の実際にやってみた感想、観客として見ていた感想、それを全員でシェアする。よくもそこまで図々しくやれるものだと、見ている方がモジモジしてしまうような場面もあったが、誰からも否定的な感想・意見は出てこない。
基本、善し悪しの批評や、こうした方が良いなどの意見やアドバイスはない。舞台では、行動への集中によって、日常的な自分を超えて行く。そのことで場が息づく。舞台や他者を見ていて自分が感じたことのみ、シンプルに互いに言葉にして共有する。観察したり、考えたり指導を受けたりする場ではない。課題を解決するための方法を、模索・伝授するため場でもない。
『やりたいことをやる』をやってみて、その人自身が、舞台上でどんな体験をしたか。竹内が一人一人に訪ねていく。
「あれは何をしていたのですか?」
(何をやるかはその人任せで事前に他の人たちには知らせていない)
「オペラ歌手になってミラノの舞台で歌ってみたかったので、やってみました」
「やってみてどうでした。」
(舞台での体験をふりかえり)
「思っていたより、ずっと気持ちよかった。もっともっと歌い続けたかったのに終わりになった」
「舞台の上で他の人の印象はどうでしたか?」
「オペラの舞台を歩き回る人がいて邪魔だったけど、構わず一生懸命に歌ったら楽しかった」
(見ている人達は、舞台の一人一人の行動から、何を感じ取っていたか?)
「見ていた人、どんな感じでした?」
(ギャラリーからは、笑いと共に)
「素敵だった!」とか、「ミラノ座の舞台とマイクロフォンが見えた」、
「自分は聞いていて疲れた!」(これは、見ていて自分のからだで実際に感じたことで、悪評価ではない。ちなみに「あなたは歌が下手だ」といえば、それは相対的な評価になる。発言者の過去の知識や経験に照らした意見になってしまう。)
意見=頭の考えを(知識)交わすのではない。からだで、感じたままをお互いに言葉にしあっていく。
参加者による感想の共有が、私には新鮮だった。これまでの私は、意見や感想を求められると、誰かが語った知識や、本から仕入れた意見や考えと価値観、頭の中でそれらに照らして、反省や自他を評価する=意見を述べることしか知らなかったようだ。簡単に言えばいつも他者の眼差しを気にして、それに応えるべくその場で自分を取り繕う。それが自分なのだと思っていた。そういう「自分」しか知らなかった。
そうではなくて、人と一緒に居て、人と「話す」とは、目の前の人や情況に応じて自身が感じたことを、そのまま言葉にすれば良い、または行動に移せばよい。感想がなければないでそれでいい。頭に詰まった知識や、他人の語る既成の価値観の中に答えを探す必要などない。「からだ」で感じ取り(受け取り)自分の「からだ」の中から浮かび上がってくる言葉を相手に手渡せば良い(もちろん取捨選択は必要だが)。「私は私でしかない!」という「自由」に、私が不慣れながらも少しずつ馴染み始めたのが、このころのことだろう。
さて、「岩」になった私自身はといえば、、、。「楽しかった!!!」、、こんなにも楽しいことがあるかと驚くくらいの楽しさ。
地面に転がり「岩」になって(なったつもりで)、背中を丸め、首や手足を胴体に引き付け、まるで亀のような、私。他の人からは「岩」ではなくて、得体の知れない生き物のように見えていたようだ。それを持ち上げて運ぼうとする人。
私は「岩」(=自分)が崩れないように力を込めて、「岩」の不動を守ろうとする。何だこれは?と通りがかりの人が声をかけるが、「岩」は話してはいけない。私は応えたくなるのを我慢する。
私(=「岩」であることを皆知らない)を囲んで、大丈夫か?と訪ねる人。心配して、正体を探ろうと私を転がし始める人、みんなの意見交換が始まる。私は可笑しくて可笑しくてたまらない。笑い崩れそうになるがそこは「岩」なのだから、必至で力を込めて身を固める。「岩」は何もしなくて良いなんて、考えが甘すぎた。
舞台の上で波打つ、みんなの行動と言葉の響き合いが私のからだに飛び込み、私のこころ(=からだ)を内側から揺さぶる。「岩」になってじっとしているのは酷く大変だが、とっても愉快だった。お付き合いの必要がない!
その訳の分からない、不条理なやり取りをみて、観客も大笑いだった。何もしないで済むだろうと私は「岩」になることを選んだけれど、内心(からだの中身)は超がつくほど活気に満ちてアクティブであった(笑)
「岩」になることで、私は「自由」であった。私が「私」ではない「岩」になることで、「私」(=自我)の束縛から、私は解放された。他者の言動に引きずりまわされたり自分を取り繕うことをすることなしに、大勢の人の中で、自分らしさを保つことが出来た。何も話さず動きもしない「私」=「岩」が、地下スタジオの中に集まった人たち全員の注目を受け、「岩」の全身でもって、言葉や動作以上に舞台の上からメッセージを発していた。
私が自らレッスンを始めた、その原点はここにあったのかもしれない。というか『やりたいことをやる』のレッスンの中に、いまだ私は生き続けているのかもしれない。『魂』の自由に導かれて。
(ばん)
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大学時代一部の友人たちがつけた「ばん」というニックネームを、竹内演劇研究所でも流用していた。長髪、オーバーオールにトレーナー、そんな恰好で大学内を闊歩していたのと、スマートとは真逆の、都会に不適合を起こしている野生児のような雰囲気。「陰」でバンパイア―(女の子の息血を吸う?)と呼ばれていたのが、いつの間にか「表」に出てきて『ばんちゃん』になっていた。竹内演劇研究所で自己紹介の時に「ばんです」と言ったら、竹内敏晴にまで「ばん」と呼ばれ、以来「ばん」が通称となった。40年後の今でも、家内と娘が「ばんちゃん」と呼んでいる(笑)
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【2】あまねとばんの交換日記
あまねさんは、美大出身で油絵専攻、インタビューをライフワークとして、現在は子育てに奮闘中。
( あまねさんの最近の記事「あそどっぐ インタビュー」 https://note.com/kobagazin/m/m52dc197ffbaf )
交換日記、通信 №16、№17、№18の『呼吸』についての続きです。(№16は、https://note.com/kara_koto_inochi/n/nbed31cfaab42 )
今月は、瀬戸嶋ばんからの返信です。
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ばん → あまね(2021/11/12)
交換日記が届いてひと月が経過して、あらためて(8/26あまね)(9/10ばん)(10/1あまね)と「呼吸」について3連の記事を読み返しました。「呼吸」をテーマにここまでお話が広がるとは!きっと普通はそうは行かない。呼吸といえば酸素と二酸化炭素の空気交換くらいにしか、考えないことでしょう。あまねちゃんの、呼吸への思いと体験、そこから紡がれる言葉に頭が下がりました。もう少し「呼吸」についてお話を続けてみます。
全身呼吸、背骨呼吸、足裏呼吸、横隔膜呼吸(ぶら下がり)、「地球と一如」呼吸、数息観、丹田呼吸、ジェットの息(手足)、手の呼吸、首後ろすじ呼吸、鼻呼吸・口呼吸・あくび(欠伸)、、私の体験は、まだまだありそうだけど、、、。こうして書き出してみると、「呼吸」って、影の功労者のような気がしてきます。
「影」(=ど真ん中)に「呼吸」さんがいて、さまざまな方面からいろいろなやり方(上記諸々)で「呼吸」さんにお伺いを立ててみる。そうしていると、ときどき「呼吸」さんがにっこり微笑んで、私に姿を垣間見せてくれる。その姿は一言で言えば「呼吸」なのだけれど、その時々で全く違った姿を見せる。でもなんだか知れないけれど「また呼吸さんが来てくれたな⁉」と分かってしまう。
ちょっと付け足しておくと、いろんな呼吸法は「呼吸」さんにお伺いを立てるための手段であって、何か決まり切った呼吸法を出来るようになるのが目的ではないんだよね。「私は腹式呼吸法をマスターしました!」なんて言うのはインチキ。嘘ですね。
話は変わるかも知れないけど、賢治童話の登場人物(ヒト・モノ)はみんな「呼吸」をしている。人間も自然の光景も、木々も山も岩も動物も風も吹雪も、、、みんな「呼吸」(=いき)をしている。ここが賢治さんの凄いところ、、、独自のところですね。
小説や物語で、太陽が呼吸しているとか、嵐が呼吸しているとか、鳥や星が呼吸しているなんて、あまり言いませんね。小説の背景(シュチュエーション)が呼吸して、ハアハアしていたら、ホラーになっちゃうかも。
宮沢賢治さんは38才の時に、肺結核で亡くなっているけど、非常に繊細・敏感な呼吸への感覚を持っていたのかも知れない。それがあって、詩や物語の中の細やかな揺れや微細な輝きの移り変わりを、文章(言葉)で表現できたのかもしれませんね。そのぶん生きていることの肺への負荷が大変だったかも。
一生涯通して止むことのない「呼吸」!なのに、呼吸について考えたり、ましてや呼吸を感じてみる、、、呼吸を意識する機会って、あるようでほとんどないですね。階段上ったり、全力で駆けっこをして「ハアハア!」、、、「ああ呼吸(いき)が苦しい!」、、。そんなとき以外、あまり意識しないですね。
ところがレッスンで、呼吸のことを扱うと、始めのうちほとんどの人が、かなり無理やりな自己流のやり方や、考えることなく世間の流儀をまねて呼吸をしている。その結果、多くの人は、気付かずに四六時中苦しい呼吸をしている。呼吸は一生もんですから長い目で見ると、わずかな無理でもそれが重なり嵩じて、心の弾み、つまり呼吸(いき)の弾みをブロックしてしまう。
もうちょっと見方を変えて。。。空気に国境はありませんね。気流に乗ってアラスカ辺りの空気が、私のところに流れ着いているかもしれない。それを私が呼吸して、からだの隅々へとアラスカの酸素が入り込み、また空気を吐き出して、それが今度は、オーストラリアに流れて、アボリジニの人が呼吸している。だれもがみんな空気の海に一緒に浸されているようなもので、呼吸しているとは、他人や自然の息を吸ったり吐いたり。呼吸(いき)は、すべてを満たし、全てに入り込む。出入り自在で、そもそも境界が無いのです。いき・空気(物質)・呼吸(運動)を一緒くたに語っているので、分かりづらいかも知れないけど、これらは分けては考えられない。本来、呼吸は一緒くたのものなのです。これではブロックしようがない。
絶対にブロックしようのないモノを、一生懸命ブロックするのって、なんだかとっても人間臭い特徴的な行いだなぁと感心してしまうのですが(笑)ここのところは「呼吸さん」にお願いして助けてもらうしかないように思うのです。私が思いを寄せる「呼吸さん」は、実はこんな二進も三進もいかない世界観に、ふと風穴を開けてその姿を垣間見せてくれる、「いのち」の導き手のようです。
私自身の「呼吸」への発見に躍ってしまい、今回はあまねちゃんへのお返事にはなっていないかも。まあこんな発見(呼吸さん)もあまねちゃんの返信のおかげさまとして、お許しください。
ではでは~♪
ばん
(次回、あまねさんにつづく)
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【3】 レッスンのご案内
● 琵琶湖和邇浜合宿
2022年1月8日~10日 琵琶湖冬合宿参加者 募集開始しました。
以下、ホームページでご案内しています。
https://ningen-engeki.jimdo.com/2022%E5%B9%B4%E7%90%B5%E7%90%B6%E6%B9%96-%E5%86%AC%E3%81%AEws%E5%90%88%E5%AE%BF-1-8-1-10/
Art&Learningさん からも、合宿等レッスンの様子をご覧になれます。
https://www.facebook.com/ArtLearning-Project-1528106173892941/
● 秋の伊豆川奈合宿開催 【11月26日の開催分、現在キャンセル待ちです。】
秋の心地よさをご一緒しましょう。「からだとことばといのちのレッスン」にはもってこいの季節です(笑)
⦅Ⅰ⦆2021年 9月24日(金)~26日(日)
⦅Ⅱ⦆2021年 11月26日(金)~28日(日)
詳細は以下ホームページをご覧ください。
https://ningen-engeki.jimdo.com/2021%E5%B9%B4%E7%A7%8B%E3%81%AE%E4%BC%8A%E8%B1%86%E5%B7%9D%E5%A5%88%E5%90%88%E5%AE%BF/
● 「出会いのレッスン☆ラジオ」https://www.youtube.com/playlist?list=PLnDMDlLE0m1LaDrvijAQA8RwzaiNAAdpZ
番組表は、https://ningen-engeki.jimdo.com/
● オンライン・レッスン『野口体操を楽しむ』のご案内は、
https://ningen-engeki.jimdo.com/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E6%95%99%E5%AE%A4/
● オンライン・プライベート・セッション開始
http://karadazerohonpo.blog11.fc2.com/blog-entry-370.html
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【4】 あとがき
小春日和と呼びたくなるような、晩秋の天気の中を自転車で近所のスタバに通う。パソコンを開いて通信の記事を書く。私の持続可能集中時間は正味3時間くらい。それを過ぎれば、ダラダラしたり、居眠りしたり、ネットフリックスを観たり、役立たず。買い物行ったりご飯作ったりして気分を変える。十分に筆(キーボード)を休めるには、次の日までかかることが多い。(次の日もまたスタバに3時間、スタバさんありがとう、高倉町珈琲さんも!)
言葉(文章)が滑らかに湧きでてくれれば、通信の【一項目】を書くのに3時間あればなんとなる。だけど湧いて出るまでがたいへん!
夜、布団に入って眼がさえて寝そびれたときに似ている。眠ろうとするのだけど、なかなか眠りがやってきてくれない。唸(うな)ったり、あれこれと姿勢を変てみたりと布団の中で悪あがき。一生眠れなくなったのでは無いかと怖れたりもする。気持ちの好いものではない。それでも、悪足掻きの末、我知らずの裡にちゃんと寝ていて、気持ちの良い朝がやってきてくれる。
通信書くのも似ている。パソコンに向かってキーボードを構え、モニターに爪を立てるみたいな気分で、画面に言葉を刻もうとする。けれども、ツルツルと画面が滑って、文章を刻むことが出来ない。それでも今月のスケジュールに急かされ、脈絡ない小文を思いつくままに、何度も何度も刻む。私のこのごろの合言葉は「叩けよさらば開かれん」。そうこう繰り返しているうちに、固い頭が微塵に崩れて来るのか、知らないうちに安らかな眠りに落ちている。。。のではなくて!(笑)「からだ」の中から、言葉が湧き上がってくる。(この「あとがき」もおんなじだ)
私の中から湧きだした、出来立てホヤホヤの「ことば」を通信にして飛ばしている。ふかし立てのお饅頭?
湧きだしたもので、意図して書いているわけではないので、私自身は何とも無責任に思えることもあるが、仕様がない。
「通信をよろしくお願いします」と配信するのは、出来の悪い息子を人様に紹介する気分に似ているかもしれない(笑)
12月号、今年もこうして『からこといのち通信』を続けられたことに感謝しております。
40周年の12月号、皆さま、通信さん、これからもよろしくお願いします。
ばん
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【5】 note バックナンバー
当通信のバックナンバーをご覧になりたい方は、ばん/note
https://note.com/kara_koto_inochi/m/mdc4d18c059db
をご覧ください。
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● 私、瀬戸嶋 並びに 人間と演劇研究所『からだとことばといのちのレッスン教室』の 活動と情報は、ホームページで告知しています。
レッスンへ参加頂く際は、ホームページをご確認ください。
https://ningen-engeki.jimdo.com/
● 問合せ・申し込みは、メール karadazerohonpo@gmail.com 又は 電話 090-9019-7547 へご連絡ください。
人間と演劇研究所代表 瀬戸嶋 充 ばん
『からこといのち通信 №18』12月号 2021/11/20 発行
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