第一話「フレア・パイル」

「目標降下ポイントまであと30mです!」

砂漠。

地上から見ればどこまでも果てしなく続く砂の山しか見えないが、ここからなら違う。にぎわう街やそれを繋ぐ運搬路の道、オアシスのような場所や獣の群れ……

反乱勢力の武装基地もここからなら遠くにはっきりと見えた。

「おい、電子系統の近くに飲み物は置くな!って昨日も言っただろ!!」

「だぁからちゃんと上に置かないように気を付けたっすよ!」

「近くって言っただろ!横でも下でも付近なんだよっ!」

「細かいこと意識してたら髪の毛抜けますよ……っと」

「もうねぇよ!!!」

砂漠の上空に浮く長方形の箱を背負った輸送機内での出来事である。

「二人とも!後ろの貨物庫からでも聞こえる!最終チェックに集中できないじゃんか!!」

操縦席で暴れる男二人を戒める女の声がする。

この女はリサ。見た目は少女だが、機体の改良やメンテナンスなど技術師として優秀な面を持っている。操縦席で怒鳴っている巨漢の坊主頭はボリス。この輸送機の操縦を務めている。しっかりした性格で少しの危険も見逃さないのだが、少々ミスする部分もある。そして、怒鳴られているのがアラン。戦術プランの提示や戦局の有利不利を逐一知らせてくれる戦術サポーターだ。ボリスとは同じ操縦室内にいて性格が正反対なこともあってよく衝突している。今行われているのももはや恒例だ。

「よし!これでいいはず……だけど。キャプテン、大丈夫そう?」

リサが声を張り上げる。彼女の方を見ると綺麗な顔に汚れがついていた。整備中についたものだろうが、本人は気にもとめていない様子だった。

とりあえず彼女に言われた通り、不調をきたしていた部分を再起動させる。コックピットのスクリーンに緑色の表記が出る。大丈夫だ、という印だ。

「大丈夫だ。この短時間に直すとは……さすがだ、リサ!」

悪い気はしない、といった様子で鼻を広げて口角を上げる。たまに見せるこういった様子から彼女がまだ十代であることを再認識させられる。空いていたハッチを閉めて、リサが操縦室側に移動したことを確認してから操縦レバーに手をかける。

それと同時にスクリーンに操縦室が映る。

「今回の依頼の確認だ、キャプテン」

戦術担当のアランだ。ああ、と一言だけ漏らす。

「今回は軍のお偉方に敵対してる反乱勢力関連の備蓄基地に対する強襲並びに制圧だ。表の顔は採掘所とその保管庫らしいんだが、近くの村からの証言で武器兵器が車に箱詰めされるのを目撃したらしい。俺の見立てでは武器とかの工場が地下にあるんじゃないかって思ってる。実際に依頼主からもそういう文書が届いてるしな。まぁ、真偽の程は近づけば分かるさ」

「おいおい、俺を餌にしてあぶりだそうってのか?」

アランはまさか、という表情で大げさに肩をすくめて見せた。そこにリサがこれ見よがしに割り込んできた。

「状況確認は終了?じゃ、技術方面から注意喚起をしとくね」

モニターに移すわ、と手元のタブレットを操作する。

「武器屋から卸したそのライフルは実弾使用よ。中古品だからガタツキが多少見られたけど、大丈夫なはずよ……多分」

そこは断言してほしいところだが、とツッコミを入れたかったがやめた。なにせ、話を遮られるのが彼女は滅法嫌いだからである。前にそれをやって小一時間説教が続いたこともある。

「あと体に接続されてるそれは逆噴射ユニット付きのアーマー。燃料は必要分しか搭載してないから降下終了後にはその役目を終える。でも、防御力は底上げできるからそのまま着用してていいわ。それに、そのユニットはそこらじゃ取り扱ってない高級品だからな・る・べ・く持ち帰ってね!!」

最後の部分だけやたら強調されたが、努力する、と言い残して通話を切る。
それと同時に格納庫の底が開き、広大な砂漠が現れる。
あとは、機体を固定しているロックを外すだけ。
慣れた作業のはずなのに、いつも唾を飲んでしまう。

「フレア・パイル、フレアスワロー!出るぞ!!」

各部のロックを外して重力に身を委ねる。現在の高度と危険信号がモニターに写し出される。コックピットの中でも伝わってくる振動で操縦レバーを握る力が増す。レーダー監視にも写らない超高高度からの強襲攻撃。命の保証も有りはしないこの作戦は到底理解されないだろうが、“この機体”だから出来る作戦である。

地上までの距離が3000mに近づいて逆噴射ユニットを起動させる。
体、特に胸部と背部に増設された装甲下部に取り付けられた噴射ノズルから炎が勢いよく出始める。頭から地上目掛けて落下している体勢から反転、脚部を下にして着地の姿勢を取る。既に敵基地の管制レーダーに引っかかる位置にいるため、下ばかりを意識してはいられない。

地面に思いきり着地すると、大量の砂煙を巻き起こす。別に隠蔽を目的とした行動ではなく、単純に噴射ユニットの勢いを強くしたために起きた反動だ。

姿勢制御のバランサーや脚部に重大なダメージを受けていないかを確認してから目標に目をやる。遥か前方では迎撃に来るような動きは見えない。入り口付近に護衛のMWくらい待機していてもおかしくはないはずだが……。

そう思っていると甲高い砲撃音が聞こえた。周囲を確認するが、MWが隠れていそうな場所はなく、あの音の正体は分からない。ふと、空を見ると何か光るものがあった。

口に出すよりもブースターの火を吹かす。
急いで後方に跳躍し、回避運動を取る。
即座に自分がいた場所に爆発が起こる。

「迫撃砲かっ!!」

アランの推理はアタリだな、とほくそ笑んでいる最中にも砲撃音が次々に聞こえてくる。
次の回避運動を取ろうとして、脚部のエラーに気が付く。
どうやら、砂に足を取られたらしい。まさか、足を引っ張りだし終わるまで向こうが待ってくれるはずもないし、そんな時間もない。

残り少ない燃料を気にせず、噴射ユニットを起動させて無理矢理下半身を持ち上げる。それと同時に“残量0”の表記がモニター端に出てくる。
そして、次に胸部についた燃料なしの装甲を無理に引きちぎり、放り投げる。砲弾と装甲がぶつかって頭上で爆発する音と、貴重なパーツを破壊されたことで悲痛な叫びをあげるリサの声がコクピット内部に響いた。
続く砲弾を腰部に接続していたマシンガンで撃ち落とす。

しかし、ここで次の策を練ったとしても近づかない限りこちらが負けるのは目に見えている。
となれば、取れる手段は一つ。

足が取られないように注意しながらフレアスワローの脚を全力で動かす。
慎重に、そして強引なやり方しかなかった。
着弾による砂塵が舞う中で蜃気楼のようだった目的地がどんどん明らかになっていく。
高くそびえる大きな壁と大きな鋼鉄製の扉、壁の上では防衛用のタレットが二基こちらに銃口を向けていた。
距離がさらに近づくと、タレットの砲身が回転して先端から大量の鉛玉が発射された。
扉も開き、中から小型のMWが数機姿を現し、小型のマシンガンを突き付けてきた。

「ワーカーか!また面倒なやつをっ!」

独自のキャタピラ機構を持つそいつらは通常の戦車よりも素早く、さらに射撃戦闘を得意としない俺にとっては邪魔な存在でしかなかった。

「とりあえず!」

俺はマシンガンの銃口を上で首を垂れているタレットへ向けて、引き金を引いた。
弾は多少逸れたものの、見事に着弾。回転する動きが次第に鈍重になり、二基とも爆発した。
次に、近づいてきつつあるワーカーに銃口を向ける。
残弾のことも考えるとここで弾をバラまいたほうが効果的だ、と判断。
多少後ろに退きつつ、引き金を再び引いた。
カチッ
引き金を引いても弾が発射されない。

「故障かっ!?」

確認をしようにもこのマシンガンは機体に登録された兵装ではないため、エラーが起きているかさえも分からない。
何度引いても銃からは軽快な音しか鳴らず、まさに万事休すといった状態だった。

「まあ、銃だって鉄の塊だ。それなら使い道は……あるっ!」

背を見せずに後退していたが一転、敵が来る方向へ全速力で踏み出した。
敵機の群れとの距離が近づくと、脚部のモーターを起動させて遥か上空へと跳躍。
落下地点にいるワーカーに向けて左手の鉄塊を叩きつけた。
銃身部分が機体にめり込み、ワーカーは動きを停止した。

「こいつなら使えそうだな、借りるぞ」

潰したワーカーの装備していた小型のマシンガンを奪い取り、おもむろに向かってくる敵に発砲を開始する。
さっきまでのマシンガンと違い、こちらは連射力に優れているタイプのために当初の目的通りばら撒くことに成功し、それぞれの機体に傷を与えられたようだ。
爆発する機体から、脚部のキャタピラに支障をきたして必死にもがいている機体までここからは確認できた。
動かない的に当てるのは誰でもできる、正確に狙いを澄まして撃つ。
そうしてワラワラといたはずのワーカー達は見るも無惨な姿に変わり果てた。

機体の損傷個所をチェック、多少の損傷は見られるも特筆すべき点もないため、目的の場所へ歩みを進める。
城塞のような鋼鉄製の大きな扉は開かれたままとなっており、その機能を失っていた。
罠にしか見えない現状だが、高くそびえる壁をよじ登る方を考えると進むべき進路はすぐに決まった。

壁の内側に入ると、さっきの榴弾砲を撃ったであろう機体のモルターが一機だけ確認できた。他にも戦車や輸送用トラックもあったが、起動はしていなかった。

「そこの鳥脚に乗ってるパイロット!降りて投降すれば命だけは見逃してやる!」

モルターは頭部に装備された巨大なカノン砲による遠距離攻撃は確かに強力だが、近距離戦闘は不得手。見た限り、近接戦闘に対処できる兵装を持ち合わせていない。
自分語りになるが、俺は無益な殺生は極力しない。だからこその投降命令だ。
しかし、モルターは投降するどころか空を向いていた砲身をこちらに向けて動かした。

「その気はなし……か」

砲台の機能を有しているモルターはワーカーみたいなザコとは違い、それなりの装甲を持っているため今装備している豆鉄砲では傷がつけられるかも分からない。

モルターが脚部を固定化させて射撃体勢をとる。
それを見てから、敵目掛けて駆け出す。
先ほどのように銃を盾にして砲弾の回避に賭けてもいいが、装甲の時と違ってマシンガンだと貫通して完璧に防ぐことは出来ない恐れがある。
だからこそ俺には、俺のこの“機体”には防御よりも向いた戦闘方法で対応するしかない。
体に響く重低音が辺りに響き、カノン砲が大きく揺れてその中身が放出された。
こちらに砲弾が迫ってくる刹那、動きがゆっくりに捉えられた。
脚を駆動させて寸でのところで避ける。
重低音が頭部をかすめていき、後方の壁に当たり爆発した。
言わば戦車の発展系で同じ構造をしているモルターは次弾装填に少しの猶予がある。
反撃するチャンスはそこしかない。
マシンガンを手放し、わき目も降らずに走った。
陰で攻撃のチャンスを待っている機体が隠れているかもしれない。
実は近接戦闘用のカスタム武装が存在して返り討ちに会うかもしれない。
今仕掛けようとしている攻撃が通らないかもしれない。
考えつく限りの“かも”を投げ捨てて、ただひたすらに前へ進み続けた。
カチン、という音から弾の装填が終了したことが窺い知れる。
当然だがさっきよりも距離は近く、ここで回避のタイミングを間違えれば大きな穴が空くことは明白。
出し惜しみなどする余裕もないため、肩部の小型スラスターを吹かして一気に姿勢変更をする。
再び重低音がさっきとは比べ物にもならない規模で機体内部に響き渡り、思わず顔をしかめる。

「こいつで……終いだぁっ!!」

パイロットが搭乗しているであろうコクピットの部分に思いっきり拳をぶつけた。
装甲にめり込ませた拳はメリメリ、と鈍い音を立てて損傷メッセージを画面に表示させた。
モルターの方は頭部の砲塔がうなだれていて分かりやすく撃墜されたことを示した。
即座に周辺をチェック、動く熱源が存在しないことを確認して機体の損傷個所のチェックを始める。

脚部の落下した時の蓄積ダメージ、今の戦闘で起きた右腕部の拳の損傷、こちらはまだ動かすことが出来るからさして問題ではない。
頭部、特に頭頂部のあたりにかすめたような傷が確認できたことから、回避は本当にギリギリだったと実感させられる。
いつもこんな状況下にいるが、やはり生きた心地はしない。
「こちら、フレア・パイル。制圧目標を護衛していたワーカー数機とモルターを撃破、他にも戦闘兵器は確認できるが、起動しないところを見ると制圧は成功したらしい。回収してくれ」
通信チャンネルを開き、上で待っている連中に無事を伝えた。
「了解、キャプテン!こちらからも確認したからそっちに降りるっす。キンキンに冷えたウィスキー用意して待ってるってボリスから伝えるようにって」
モニターから聞こえてくるアランの声に対して分かった、と軽く応答をする。
周囲を見渡すが人の気配がない。
恐らく地下に本部でもあってそこにさらに武器兵器を格納しているのだろう。

突然、サイレンの音が鳴り響いた。
工事現場で用いられるランプが点灯している。
貨物運搬用の扉が開き、中から人型のMWが現れた。

「おい、アラン!新しいMWがおいでなすったぞ!しかも人型、見たことのないタイプだ!」

虫のようなワーカー、鳥の脚をしたモルターなどは戦場でよく目にする量産機だが、こいつは違う。
人型はコストが高いが、性能はトップクラス。ましてや反乱勢力の拠点で見かける代物ではないはずだ。

「こっちからも確認した!……形状から見てカスタム機の可能性は薄いな……。でもオリジナルを作れるほどの技術は……」

アランは自分の世界に入っていた。分かりやすい後輩キャラの語尾も忘れるくらいに。

「それで!結論から言うと!?」

情報がない相手と対峙しているこの状況は非常にまずい。推測でもいいから情報が欲しかった。

「要するに新型っつうことだろ、フレア!」

ブツブツと独り言を呟くアランから端末を奪い取り、ボリスが言い放った。
適度な距離を保つべく敵を直視した状態で相手をよく確認する。
武装は見たところ、実弾系統のライフルと機体の上半身を隠せるシールドだけのように見えた。
マシンガンは既に手放し、まだ全体像の分からない敵の懐に拳一つで挑むのはあまりにも無謀すぎる。
後退しようと身を構えた時、相手がシールドとライフルをその場に落とした。
そしておもむろに背中から細長い円筒を取り出し、青白い光を放出した。

「ビームサーベル……、接近戦で挑もうってことか!」

剣道でよく目にする中段の構えで剣先をこちらに向けた。

「相手は白兵戦をご所望だそうだがどうする?アレ、今回は使っていいか?」

回線を秘匿通信に切り替えて状況を伝える。

「もうどうでもいいっ!修理費とか整備費とか考えなくていいからやっちゃって、キャプテン!!」

ボリスから端末を強引に奪ったリサからお許しが出たが、帰ったらまた、説教タイムになることは明白。頭を少し掻いた。

右腕に装着された”武器”に左手を伸ばす。
お互いに構えた状態で制止する様はまるで西部劇。先に動くか、攻撃を外した方が敗北する。単純かつシンプルな決闘。
青白い光が左右に揺れる。
その刹那、こちらも”武器”を引き抜く。
何かがぶつかり、弾ける音。
敵の手に握られていたビームサーベルが弾かれて、遥か上空を舞う。
右腕の鞘から引き抜かれた刀「飛燕」が見事に相手の刀身に当たったらしい。
がらあきになった相手の懐、不安定な姿勢を取っている今が好機。
左手に握った柄に右手を添えて相手の胴目掛けて刀を斬りつけた。



「チェストォォォォォ!!!」



確かな手応え、居合切りの容量で敵を斬り捨てた。
背後を確認する。
目視でも分かるほど敵の腹部には一筋の切断痕が見える。
安全の確認をして刀を鞘に納刀する。
動力炉へのダメージはなかったらしく機体は爆発することはなく、上半身と下半身の二つに割れて地面に倒れた。

「しかし、二足歩行型とは……な。今回の目標はただの反乱勢力じゃないってか?」

独り言のように、しかし俺を話し相手としてボリスは問いかけてきた。

「確かにな。依頼主も不明、まあこれはよくある話だが……」

傭兵に依頼される仕事は基本的に他企業への妨害や攻撃が殆どのため、依頼主の情報は傭兵側に伝えられないことが多い。そうすれば、依頼した側は情報漏洩の危険に怯えることなく一般的な「店」と「客」のシンプルな関係のシステムを保持できるのだ。

「どうします、キャプテン!その機体の調査はするんスかっ!?」

新しいおもちゃを渡された少年のような眼差しでアランが画面一杯になって現れた。
確かに調査してどこが製造しているのか、武装オプションはどういったものが装備できるのか、今後のためにも調べておきたいが……。

「いや、調査はしない。目標が単なる反乱軍とか普通の施設じゃない、と判断できた場合は仕事内容にあることだけをやって、即刻帰還する。それが、俺たちの規則だろ?」

そう述べて、現在の座標位置と格納準備を始める。
アランはしぶしぶといった様子でモニターから姿を消した。
ああは言ったものの、俺も調べたい好奇心はある。
だが、慎重に越したことはない。下手に触れて新たな危険を呼び込む必要はないのだから。
それに、反抗勢力である「SOD」の活動が活発になっている手前でもある。
プロペラの音が近づいてくる。
戦闘行為が終了したこの場所は嫌に静かに感じられた。

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