桜小話 -Sakura/Cherry blossoms-
春は出会いの季節でもあり別れの季節でもあるとされています。この記事を執筆している3月には、多くの学校で卒業式という別れと旅立ちが、また4月に入ればまた入学式という出会いが待っています。
その様子を静観しながらも花吹雪で幻想的に彩るのが桜であり、日本の伝統的な風景であります。
今日は、桜に関する小話をお話しようと思います。
1.桜の表記
本記事では、『桜』と表記させていただきますが、時折ニュースではカタカナの『サクラ』と混在している場合があります。どちらが正しいという事はありませんが、NHK編新用字用語辞典では「動植物名を、学術的名称として使う場合には、カタカナで書く」ことになっているようです。
しかし、そもそも独立したサクラという種は存在せず、さらに分類学上では、後述しますが、桜は分類が2種類存在します。なので、論文などで学術的に記載したい場合は学名を記載すべきです。
2.桜の分類
桜は分類上バラ科(Rosaceae)となりますが、更にバラ科はバラ亜科(Rosoideae)とサクラ亜科 (Amygdaloideae)に分類されます。しかしこのサクラ亜科には桜だけでなくナシやリンゴ、ビワ、モモ、アーモンドなども含まれています。
では桜は下位のGenesではどういう分類になるかというと、取り扱う国によって広義と狭義で変わります。桜がそもそもあまり自生していなかった欧米では形態分類などでスモモ属(Prunus)と表記することが主流となっています。対して、狭義でのサクラ属(Cerasus)は桜のみの約100種のことを指すもので、日本国内ではこれが主流となっています。しかし、論文によってはPrunus subgene. Cerasusだったりサクラ属サクラ亜属などと表記していたりしばしば混乱が確認できます。
とりあえず、『Cherries』と記載していれば問題ないのですが、じゃあ和文では『サクラ』とするのか『桜』とするのか『さくら』とするのかはもはやそれぞれの雑誌の編集と話し合ってくださいという事になってしまいます。深くは言及しません。
3.桜の種類
桜には、サクラ亜属に分類される100の野生種が存在し、その中でも以下のものが主要なものとされています。
ヤマザクラ
オオヤマザクラ
ミヤマザクラ
オオシマザクラ
エドヒガン
マメザクラ
チョウジザクラ
タカネザクラ
ミヤマザクラ
クマノザクラ
しかし、この中でも、チョウジザクラは変種(varaety)としてのチョウジザクラとオクチョウジザクラとミヤマチョウジザクラが存在しそれぞれを変種として区分しています。
最も身近な桜はソメイヨシノ(染井吉野)ですが、ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラの交雑種であり、種としては”Cerasus × yedoensis ‘Somei-yoshino’”と記載します。
さらに、桜は観賞用として長い歴史の中で増殖・保存がなされてきておりその過程で種間雑種(hybrid)が誕生しています。
加えて、交雑による改良がなされた栽培品種(Cultivar group)も存在します。サトザクラのなかでも普賢象、御衣黄、関山、御車返などの品種がCerasus Sato-zakura Groupとされています。
このように、桜の分類は非常に複雑なものとなっています。
日本国内で日本花の会が編纂している桜図鑑では401種類が記載されています。そして、クマノザクラは2018年に国内の野生の桜として100年ぶりに新品種として登録されており、今後も種類は変動する可能性があります。
4.桜の匂い
桜の葉を利用した伝統的な食品である桜餅ですが、その独特な香りの成分はクマリン(coumarin)によるものです。
Coumarinはヘテロ環芳香族ラクトンの一種で、植物体内ではケイヒ酸経路でフェニルアラニンと出発点とした代謝経路から合成されます。
植物体内ではケイヒ酸の芳香環がo-位が水酸化しているo-クマル酸(coumaric acid)が配糖体の形で存在しており、花や葉が乾燥や破壊により細胞外に放出された際酵素により加水分解されることによって不飽和カルボン酸の部分が閉環しcoumarinとなります。
類似する物質としてコーヒー酸(caffeic acid)が存在し、芳香環のm,p-位に水酸基がある構造になっています。caffeic acidはリグニンの生合成の中間体としてすべての植物体に存在しており、非常に重要な物質です。
Coumarinは現在市販されている精油は主にトンカビーンズ(クマル: Dipteryx odorata)が原料となっています。食品添加物としては使用できませんが、桜の葉やそのパウダーを食品の素材として使用することがあります。
他にも、シナモンにもcoumarinは含まれており、草本植物ではクルマバソウの葉が強い桜餅の匂いを放ちます。
5.桜の色
桜の花弁の色は、そのまま桜色とされており、16進表記で#FEEEEED、RGBで254, 238, 237となっています。
色としては淡い紅色であり、イメージとしてはソメイヨシノの色です。
しかし、実査のところ桜に色は品種によってことなっており、色の濃淡だけでなく全然違う色をしていることがあります。
桜色はアントシアニンの量により違いが出ています。
なお、きれいな花弁の色なので桜染めは花を用いると思われますが、実際には枝を使用します。特にきれいな桜色を出すには酸性条件下でAl触媒による熱水抽出を行うようです。
御衣黄や鬱金は黄緑色をしている変わった品種ですが、花弁に黄色のカロテノイドと緑色のクロロフィルをもつ葉緑素が存在することでこのような色になるとされています。特に御衣黄はクロロフィルが多量であることから緑色が強いとされています。
6.桜と病害虫
桜は栽培品種であり、特にソメイヨシノはクローンの増殖なので遺伝的に同一であることから、特定の病害に対して感受性が高いリスクがあったり高齢な個体が多くいろいろな病害にさらされます。特にてんぐ巣病やサルノコシカケ、ベッコウタケなどの病害により枯死してしまうことがあります。
中でも現在問題となっているのが、クビアカツヤカミキリによる虫害です。
クビアカツヤカミキリはサクラやモモ、ウメ、スモモなどのバラ科樹木に寄生し、幼虫が樹の内部を食べて枯らしてしまう外来のカミキリムシです。は2018年に特定外来生物に指定されました。
クビアカツヤカミキリはバラ科の樹木を加害しますが、桜(ソメイヨシノ、オオシマザクラ、ヤ マザクラ)も例外ではありません。
国内でもっとも被害本数が多いのはソメイヨシノであるとされています。
現在、クビアカツヤカミキリを検索すると各市町村や都道府県の注意喚起のページが大量に出てきますが、それほど日本全国で被害の拡大が危惧されています。
とにかく国内ではサーチ&デストロイであり、発見したら即刻捕殺してほしいと言われています。本記事をご覧になった方も、日本の桜を守るためにご協力をお願いします。
Conclusion
桜についての小話を書いてきましたが、それぞれが小話程度に収まらなく長い記事になってしまいました。
他にも文化的な背景や国際的な広がりでも興味深い話が多くありますので、興味がある方は加えて調べてみてはいかがでしょうか。
最後に、漢詩である于武陵「勧酒」を井伏鱒二の有名な訳を紹介します。
人生に分かれはつきものであり、それは嵐の前に散ってしまう花のように儚いものかもしれません。故に、「サヨナラ」までに今を大事に生きていきましょう。
桜の花も一期一会、新たな旅立ちの人は花を愛でながら、出会いと別れに思いを馳せてみるのもいいかもしれませんね。
ご清聴ありがとうございました。
Reference
サクラの分類と形態による同定
https://www.jstage.jst.go.jp/article/treeforesthealth/21/2/21_93/_pdf
桜.その歴史と教科書での扱われ方
https://u-gakugei.repo.nii.ac.jp/records/25969
クビアカツヤカミキリの 生態と探索法
https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/chukiseika/documents/5th-chuukiseika12-3.pdf
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