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大きい丸、小さい丸。-Cyclization-

錬金術や古代の哲学では、円環は終りと始まりについての概念であり、宗教的には生命の流転に繋がります。
この循環という考え方、自然界で言うならば、水は海から蒸発し雨となって山に降り注ぎ、地中を通って川に流れ込みまた海に変えるという循環があり、炭素は生物を構成しデンプンや糖という形で植物から動物まで繋がり呼吸により大気に放出されてから植物に吸収されて循環してきます。つまり自然界のミクロからマクロまで円となり循環しています。
この円という構造、更にミクロな世界でも不思議な存在として人々を魅了しています。
今日は、化学の目線から物質と円環の話をしてみようかと思います。

現在承認されている低分子医薬品の90%以上は、骨格を形成するシクロヘキサンやベンゼン環や反応性の高いシクロプロパンやラクトンなどを構造に有しているとされており、環状構造は低分子においては重要なものであると考えられます。

私が化学について深く興味を持つようになったのは、菌類が生産する環状物質の不思議さに魅せられたことがあります。そして、私が産まれて初めて発見した物質、pseudosporamideとpseudosporamicinも環状でした。何か縁を感じます。
小さな物質が円形に繋がって、不思議と強い生理活性を示します。さらにいうと、環状ペプチドはアミノ酸という更に小さなパーツが繋がって巨大な円環を形成します。

Fig. 1 pseudosporamide (1) and pseudosporamicin (2)

ところで、なぜ円環の物質を形成するのでしょうか?

有り体に言いますと、自分なりに調査をしてみても何故環状構造を生物は生産するかという概念的な知見は見つけられませんでした。化学の世界では当然の話で議論されることがないのか、実際よくわかっていないのかは門外漢なのでよくわかりません。
しかし、共通の認識としては『環状構造は安定的である』ということが考えられています。

そこで、物理的な特性として何が変わるのかを比較してみました。細かい話なので、読み飛ばしてもらって結構です。

直鎖のアルケンや脂肪酸のオレフィンの物性について比較してみました。なんとなく見てみると、環化した構造は沸点が高くなり、親水性が高くなっており、蒸気圧が低くなっているように見られます。つまり、揮発しづらく水に溶けやすくなっているといったところでしょうか。これは生体内では有利な状態です。

Table.1 Physical properties of 6- and 7-carbon alkenes


べンゼン環を見てみると、詳細な話は省略しますが、いわゆるハニカム構造であり物理的に非常に安定な構造となっています。ベンゼン環が大量に集まった構造がリグニンであり、合わさって非常に強固な構造を構成します。対して、6個以下の炭素が環状につながるとひずみにより逆に不安定になります。しかし、これは反応性が高いという意味でもあることから、医薬品でよく利用されます。

小さな環が安定なのはわかりましたが、では大きな環はどうでしょうか?

抗生物質の軟膏としてよく処方されるtacrolimusや免疫抑制剤であるciclosporinは中分子の巨大な円環です。これだけ大きい環になると扱いにくいように思えますが、実際のところはぐにゃぐにゃ曲がる鎖状のペプチドよりも標的タンパクに結合しやすく、細胞膜の透過性が高いとされています。更に安定性も高いことから体内での動態も安定しているということで、生理活性物質としては有利であることが考えられます。

Fig, 2 Structure of ciclosporin

総合すると、円環の物質は
・物理的に安定
・親水性が高い
・生体内での活性も高い
ということになります。
つまり、生物が利用する生理活性物質としては円環のほうが優秀であるようです。

では、生物が環状の物質をどのように使っているか見てみましょう。

カエルのフェロモンやゴキブリのフェロモンは環状のラクトンです。不思議となんとなく似ていますが、どちらも親水性が高くはありますが揮発性はそこまで高くなく短距離で使用されます。交尾の際密着するので、短距離で十分なのでしょう。生合成は脂肪酸から合成されるので、分泌しやすくするために親水性を高めているのでしょうか。

Fig. 3 Structure of frog and cockroach pheromones

微生物は多種多様な環状物質を生産しますが、キノコも例にもれず特殊環状ペプチドを生産します。代表的なもので、ドクツルタケに含有されるアマニチンがあります。mRNAの強力な阻害活性があり、強力な毒性を示します。

Fig. 4 Structure of α-amanitin

いかがだったでしょうか。少しディープな化学でよく分からなかったでしょうか?とりあえず、生物はミクロからマクロな世界で色々な円環が回っていることを知っていただければ幸いです。

バウムクーヘンやロールケーキを見たときは、少し世界の丸まりについて思いを馳せてみるのもいいかも知れませんね。

ご清聴ありがとうございました。


【Reference】
A cyclopeptide and three oligomycin-class polyketides produced by an underexplored actinomycete of the genus Pseudosporangium
https://doi.org/10.3762/bjoc.16.97

Ring systems in natural products: structural diversity, physicochemical properties, and coverage by synthetic compounds
https://doi.org/10.1039/D2NP00001F

Chemical Diversity of Volatile Macrocylic Lactones from Frogs
10.1055/a-1381-2881


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