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祖業について

イトーヨーカ堂は、東京・浅草の洋品店「羊華堂」が祖業である。ちなみに日本のGMS勃興期によく比較されたダイエーは、大阪の千林商店街でクスリの安売りからスタートしている。

「売上はすべてを癒す」と売上拡大路線をやみくもに突き進んだダイエーとは対照的に、イトーヨーカ堂は利益重視で堅実な財務体質の会社であった。コンビニのセブンイレブンは、もともとは子会社として米国流のフランチャイズ・チェーンとしてスタートしたが、やがて親会社を凌駕するようになってしまった。今のセブン&アイ・ホールディングスのメイン事業はコンビニであり、他の事業は付け足しみたいなものである。

まだセブンイレブンが単体で上場していた頃、僕はセブンイレブンの株式を保有していたのだが、イトーヨーカ堂他のグループ会社と一緒に持ち株会社に移行するタイミングで全部処分してしまった。GMSやファミレス等の他のいろいろな事業と一緒になることで「普通の会社」になってしまうことを懸念したからである。その後、そごう・西武百貨店まで傘下に収めてしまい、ますます何がやりたいのかよくわからない企業グループになってしまった。

祖業のアパレルから撤退して、「食を中心とした世界トップクラスのリテールグループを目指す」とあるが、食品スーパーで業績の良いライバル企業は他にもたくさんある。採算の悪い事業から撤退するのは経営判断として当たり前なのかもしれないが、どこにでもありそうなキャラの薄いスーパーになっていきそうな予感しかしない。

セブンイレブンをスピンオフ(分離)すれば株主価値は80%高まるという話もある。買収したそごう・西武百貨店も20年も経たずに売却する。あまり話題にならないようだが、通販サイト「オムニ7」も終了する。鈴木敏文(元会長)の指揮でさまざまな企業に出資して複合経営路線を邁進したものの、結局のところ、稼ぎ頭のセブンイレブンが頑張っても、グループ内の他業態が足を引っ張る構図は解消されず、結果を見る限り、拡大路線、多角化路線は失敗、単なる徒労だったと言わざるを得ない。

とはいえ、祖業であるアパレルであったり、GMSであったりにいつまでもこだわり続けるのが正しい選択肢かとなると、決してそういうわけでもなさそうである。儲からなくて、将来性がないのであれば、さっさと撤退して、より良い分野に経営資源を集中するのが資本の論理というものである。

多角化、コングロマリット化というのは、企業戦略としては「オワコン」だという考え方がある。各企業は自社の得意分野に特化して企業価値の極大化をめざすのが正しくて、余計なことに手を出すのは間違いであるということである。ファイナンス理論とか投資家の目線で考えれば、そういうことになるのだろう。投資対象の分散化とかポートフォリオの最適化とかは、投資家が判断することであって、各企業があれこれ手を出して多角化するには及ばないということである。

だが、実際のところは、いろいろと手を出してみることで、当たるものもあれば、当たらないものもあることがわかる。人間である以上、打率10割、百発百中というのは理想ではあっても不可能である。

絶対に当たると誰もが思っていた事業が案外うまくいかず、たまたま手がけた事業が大当たりするというような現象も珍しくない。「セレンディピティ」という言葉があるが、偶然による幸運を引き寄せるには、高速でトライ&エラーを繰り返すしかない。PDCAというのは、結局のところ、そういうことである。セブンイレブンのコンビニ事業だって、最初は絶対に失敗すると言われていたのだ。

セブン&アイの話に戻るが、既に「オワコン」だった百貨店を買収したのは、それまで常勝だった鈴木会長(当時)の「驕り」が招いた失策であったと言わざるを得ないが、今回のイトーヨーカ堂の不採算店舗閉鎖やアパレルからの撤退に関しては当然の判断であろう。むしろ、もっとさっさとやっておけば良かったくらいであるし、場合によっては百貨店と同様に、外部に売却という選択肢だってあったのかもしれない。

小売業のメインとなる業態は、百貨店 → GMS → コンビニと変遷してきているが、コンビニだってこの先ずっと勝ち筋である保証はない。

そう考えると、祖業にこだわり続ける必要はないし、ビジネスの世界においては、「変わり身の早さ」こそ正義ということになる。うまくいかないと思えば、さっさと撤収して、また新たな分野にトライする。この繰り返しを他社よりもスピーディに、テキパキと継続するしかないということになる。



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