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「お客さまは神さま」について

結論から最初に書いておくが、僕は「お客さまは神さま」だとは思っていない。

「契約自由の原則」という考え方がある。商取引を含めた諸々の契約は、当事者同士の自由な意思に基づいて締結することができるという意味である。

日本の民法では、①契約を締結するか否かの自由、②契約相手を選択する自由、③契約の内容決定の自由、④契約の方式の自由、これら①~④が認められていると解される。

早い話が、企業や店舗には客を選ぶ自由があるし、イヤな客、歓迎しない客と辛抱してつき合う必要などないということになる。

しかしながら、勘違いした客による度を越した迷惑行為というものは世の中で珍しくない。こういうのを「カスタマーハラスメント」、略して「カスハラ」と呼ぶらしい。昔はこういう便利な言葉はなかったが、僕が銀行に在籍していた当時も、理不尽な顧客による執拗なクレームや嫌がらせというのは一定の割合で発生していたものである。

僕のいた銀行は、「お客さま第一」というキャッチフレーズを長年にわたり使用していた。もしかしたら、今も使われているのかもしれない。もちろん、顧客からの支持がなければビジネスは成り立たないので、顧客を重視する姿勢は正しい。ただし、あくまで大切にするべきなのは、「普通のお客さま」であり、常識から逸脱したような無理難題や不当要求を繰り返すような「クレーマー」はもはや「普通のお客さま」に該当しない。そこら辺の「線引き」は重要である。

僕は、自分の部下に対して、「お客さま第一の精神は大切ではあるが、いつ何時も常に正しいとは限らない」と繰り返し言っていた。「クレーマー」はお客さまに該当しないのだ。

よくある「クレーマー」としては、こちら側の些細なミスや言葉遣いをことさらにあげつらって、巧みに問題をすり替えて、自身の利益を得るために不当な要求を実現しようとする輩である。

銀行は体面を重んじるので、顧客から無理難題を言われても、あまり事を荒立てないことが多いから、却って舐められることが少なくない。また、苦情・トラブル対応に不慣れな担当者の場合、とりあえず顧客の怒りを鎮め、穏便に物事を片付けることばかりを重視するあまり、こちら側が謝る必要もないのにとりあえず謝ることで、余計に相手を図に乗らせてしまうようなケースもよく見られる。

僕が心がけていたのは、「当方に非があった点に関しては真摯にお詫びして、本来、あるべき状態の可及的速やかな回復に努める」ことについては取り組むものの、それ以上の要求に対しては基本的に応じないということであった。ましてや、こちらに非がないことに関しては、どんなに執拗に言い募ってきても、一切相手にしないし、相手側の要求には応じない。当たり前のことである。

客商売とはいえ、理不尽なお客にまでニコニコする必要はない。不当要求をするような輩は企業にとっては顧客には該当しないと割り切り、途中からは「危機対応モード」にスイッチを切り替える必要があるのだ。

密室で1対1で面談すると、後で「言った言わない」みたいな話になるので、基本的に複数名で応対する、今ならば録音をさせてもらうようにする。録画可能な応接を備えている会社もあるのではないだろうか。クレーマーは当然に嫌がるが、「本社や上司に正確に報告しなければなりませんので」と言えば良い。

面談時間は、「30分だけお話を伺います」といった具合に先に終了時刻を区切るようにして、定刻になったら退去を促す。何度も退去を促しても、居座る場合には、「不退去罪」ということで、あらかじめ警告した上で、最寄りの警察に連絡をする。

「殺すぞ」とか口走ってくれたり、器物を壊したりしてくれれば、むしろありがたい。「脅迫」「器物破損」であり、文句なしに警察の出番である。プロの反社会的勢力は、このレベルの初歩的なミスは犯さない。単なるガラの悪いシロウトならば、勝手に暴れてくれて、一件落着となるケースもある。こういうのはあまり怖くない。

繰り返しになるが、クレーマーの類で、故意・悪意に基づいて、企業に対して不当要求を繰り返すような連中に関しては、決して言われっぱなしで辛抱する必要もないし、泣き寝入りをする必要もない。大事な従業員のメンタルがやられたり、休退職するようなことは、断じてあってはならない。悪い奴らを撃退するやり方はいくらでもあるし、企業はまずもって自社と従業員を守る責任がある。

本当に厄介なのは、悪意のない連中である。自分の主張は正しいと信じて、持論を延々と繰り返すような人、あとはボケた老人である。

前者については、いくら丁寧に説明をしたところで限界があると思えば、訴訟を提起してもらうしかない。双方の見解に開きがあり、折り合える余地がない場合は、出るところに出て、裁判所に判断してもらうのが最も手っ取り早い。

後者については、高齢化社会を迎えて、たぶん今後ますます増えてくると思われる。何回も丁寧に同じ説明をしても、相手の頭がボケていると、しばらくしたら、また同じような問合せをしてくる。こういうのは家族に連絡して何とかしてもらうしかないのだが、銀行の場合は守秘義務があるので、判断が難しいケースが少なくない。それにホントにボケているかどうかなんて、よくわからない方が多いのだ。

ありていに言うが、若い人と老人とを比べると、「コミュニケーション・コスト」は、圧倒的に老人の方が高くつく。つまり、企業にとって骨が折れる相手が多い。

ちょっとした物言いに腹を立てて、店頭や電話口で「キレる」のも若者よりも老人の方が圧倒的に多いし、ボケていたり理解力が乏しいために、何度も同じ説明を要したり、挙句、「聞いていない」「説明していない」などと言うのも、多くは老人である。

いずれ、AI技術が進歩すれば、優良顧客以外は人間が顧客対応することもなくなるのであろうが、その際に老人の相手をするのは、機械なのか人間なのかどちらであろうか。

現代社会では、総じて老人たちがカネを持っているので、優良顧客とカテゴライズされるお客さんの多くは高齢者に該当しそうだし、そうなったら相変わらずワケの分からないことばかり言う年寄りの相手をするのは、依然として生身の担当者ということになるのだろうか。それは気の毒である。

あるいは、根気よく何度でも同じことを繰り返し繰り返し説明するのは機械の方が得意であろうから、クレーマー対応はすべて人間ではなく機械の仕事ということになるのだろうか。

いずれにせよ、まだもう少し先の未来の話である。その頃には、僕もボケ老人の1人になっているのだろう。あまり人間の手を煩わせたくないし、その頃はAIが驚異的な発展を遂げているだろうから、僕の相手をしてくれるのは、きっとAI担当者なのだろう。その頃は、「カスハラ」も死語になっているに違いない。


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