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女性の排泄問題について

現在、日経新聞の「私の履歴書」では、女性として初めてアルプス三大北壁(マッターホルン、アイガー、グランド・ジョラス)の登攀に成功した登山家で医師でもある、今井通子が連載をしている。

今井通子は、同じく女性登山家である若山美子とともに、新田次郎 『銀嶺の人』の主人公のモデルにもなった世界的にも広く名の知られた登山家である。

前にも書いたことだが、「私の履歴書」に関しては、サラリーマン経営者とか官僚の書いたものは、総じてつまらないものが多くて、画家、作家、音楽家、デザイナー、漫画家、役者や舞台人等のアーティスト系、それに学者・研究者、およびスポーツ関係者のものは面白いことが多いというのが、僕の定説なのであるが、今回も、この定説に違わず、面白く読ませてもらっている。

ただし、「画竜点睛を欠く」とでも言えばよいのか、彼女の連載を読んでいて、1つだけ残念に思うことがある。

それは、高所登山のような野外活動における女性の排泄問題について、連載の中で、まったく触れられていないのだ。アイガー北壁のような高難度のクライミングであれば、何日もかけて岩壁を少しずつ登っていくことになる。その間も生理現象は当然に起きるわけで、それは食事や睡眠と同じくらいに重要な問題のはずである。「何をしょうもないことを」と思われる方もいるかもしれないが、実はこれは命にかかわる切実な問題なのである。

15年12月、世界的にも著名な女性登山家、谷口けいが、北海道の大雪山系黒岳で遭難したのだが、これは排泄のために、同行者たちから離れた際に滑落したことが原因であるという。公衆トイレがあるような低山のハイキングであれば、トイレで用を足せば済むことだが、難易度の高い山を登る女性トップクライマーにとっては、どこでどうやって排泄を行なうべきかというのは、真面目に考えなければならない重要なテーマの1つとなる。生理現象である以上、下山するまでガマンするというわけにはいかないからである。

したがって、医師でもある今井通子であれば、真面目な話題として、きちんとした解説をしてもらえるのではないかと密かに期待していたのだが、さすがに「私の履歴書」で書くのに相応しい話題ではないと判断されたのかもしれない。

といったことを考えつつ、ネットを検索していたら、「chippe」さんという、登山を趣味にしている女医さんのブログを発見した。彼女の書いた、「フィールドアクティビティにおける女子トイレ事情~クライマー的、医学的観点から~」という記事が、なかなか具体的かつ詳細な説明で、とてもわかりやすく、大いに勉強になった。ポイントを僕なりに要約すると、以下のとおりとなる。

  • 前提として、大便については男女差はないが、小便については外性器の構造の違いにより、女性の方が圧倒的に不利である。

  • 女性の場合、羞恥心、男性メンバーへの気遣いという問題があるが、これについては、ある程度は割り切って、克服するしかない。

  • 「pee-bottle」、通称「ションポリ」という、尿を溜める道具を使うにしても、女性の場合、狭いテント内で小さな的めがけて排尿するのは生易しいことではなく、練習と慣れが必要になる。

  • 衣類が濡れるのは大問題(冬山だと凍傷になる危険性あり)であり、背に腹はかえられないから、排泄時には、勇猛果敢に下半身を露出するしかない。筆者の「chippe」さんは、ロッククライミングの時はハーネスを履いたままでも小用を足せる(=ハーネスを履いたままズボンを下ろすことができる)ようになった。

  • 「じょうご」型の女性用尿器も販売されている。これを外性器にあてがって、チューブの先端を服の外へ出せば、男性と似た形で、ズボンをおろさず用を足せる。ただし、筆者の「chippe」さんは、これを使い始める以前に、(上記のとおり)サッとズボンをおろして素早く用をすませる術を身につけてしまったことや、野外で使用後、尿で濡れたコレの処理も面倒なので、使用していないとのこと。

  • 女性の場合、尿道が短い=膀胱までの距離が短くて、外尿道口と肛門が近いこと、男性のように尿のキレもよくないことから、排尿後の後始末が適切でないと、皮膚粘膜トラブルや尿路感染症の原因となる。筆者の「chippe」さんは、おりものシートを活用しているとのこと。

  • 陰部を清潔に保つ工夫として、長期間お風呂に入れない環境ではあらかじめ隠毛をきれいさっぱり剃ってしまうというのも有効。将来、介護が必要になった時のことも想定して、医療用レーザーでVIO脱毛するという人も増えているという。

  • 隠部を拭く時も、手が汚れていては意味がないので、手指の清潔が重要。10秒程度の流水による手洗いでは雑菌の除去効果は低いので、アルコール消毒の方に軍配が上がる。

こういう記事は、やはり医療従事者じゃないと書けないんだろうなあと思う。

今年3月から、エベレストの登山者に対して、排泄物を持ち帰る袋を用意することが義務付けられるそうである。エベレストのような高山だと、年中、極端な低温なので、放置された排泄物が分解されずにずっと残ってしまい、深刻な環境問題を引き起こしているのだという。

山登りの愛好家が増えているが、ゴミと同様に、排泄物もちゃんと持ち帰るのがエチケットというものであろう。

高地登山における女性の排泄問題について触れたが、高山、極地、宇宙といった極限状態に置かれた場合は、男女の関係なく、トイレ問題というか、排泄物をどうするのかということに関しては、真面目な話として、ちゃんと対策を講じておかないといけない重要な問題となってくる。

「国際宇宙ステーション」(ISS)内には、ロシア製のトイレが設置されており、<大便を行う際には、便器の内側に小さな穴が多数開いたバックを装着し、そのバックの中に便が回収されると、バックのゴムが自動的に閉まります。その口を塞いだビニールパックをアルミ製の固形排泄物タンクに押し込んで、新しいバックを取り付けます。>とある。

で、固形排泄物タンクは、プログレス補給船(ソユーズ宇宙船を基に改良を加えて自動化した無人の貨物輸送船のこと)に運び込まれ、やがては、ISSから分離されると、廃棄物を積んだまま大気圏に突入して焼却されるのだという。つまり、地上に落下する前に、ウンチは燃え尽きてしまうということである。

<尿は、電気掃除機のホースの様なもので吸い取り、22リットルの汚水タンクに溜められます。汚水タンクがいっぱいになると、ISSに結合しているプログレス補給船に運び込むか、水が不足する場合は、米国の尿処理装置と水処理装置に送って飲料水にリサイクルすることもできます。>とあるので、ISS内では、水不足の際には、おしっこを飲料水にすることもあるらしい。宇宙飛行士というのは、やはり、たいへんな職業である。

南極の昭和基地の場合、環境問題への配慮から、人間の排泄物を含む廃棄物を、燃やしたり、埋めたり 、流したりといったことが禁じられており、基地内のトイレでは、膜分離活性汚泥方式の 汚水処理施設を通して、固形状の沈殿がなくなるように処理して海に流しているとある。 野外調査の際には、ペールトイレ(バケツのような缶にゴミ袋を2重にして 入れ排せつ物を集積するもの)や携帯トイレを使用するのだという。

潜水艦内においては、排泄物を一時貯めておくタンクに高圧空気を注入して海中に排出する方法をとっているのだが、トイレ内の圧力が低いとタンクから逆流することもあるという。過去には、第二次大戦末期のドイツの潜水艦で、トイレの排水機構を誤って操作したために逆流した汚水で蓄電池がショートした結果、緊急浮上せざるを得なくなり、乗組員が英国海軍の捕虜になったような事例もあるという。潜水艦内においては、排泄物の処理も、文字どおり、死活問題なのである。

僕も、だんだんと年を取って来たせいか、若い頃に比べると、トイレが近くなって困っている。水分を摂り過ぎた時などは、夜中におしっこに行きたくなって、目を覚ますこともある。

最近、高速バスに乗って、バス旅行に出かける機会が何度かあったのだが、トイレの設置されていないバスに乗る時などは、車中で急にトイレに行きたくなったら、どうしようかという不安は、常に頭の中にある。高速道路で渋滞にでも巻き込まれたりすると、妙に焦ってしまう。したがって、前の日くらいから、水分補給を控えめにしたり、体調を整えたりということに、気を遣うようになった。

高速バスの車中というのも、高山や極地、宇宙空間、潜水艦等と比べるのは申し訳ないと思うが、外部から隔絶された状況にあることに変わりはない。

こういうことが気になるようになり始めると、いずれは、大人用オムツのお世話にならなければならなくなる日も近いのかもしれない。

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