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「あなたたちの中で罪を犯したことのない者がこの女に、まず石を投げなさい」について

ジャニーズ事務所を取り巻く環境が、何やら急に騒々しくなってきた。

きっかけは、ジュリー前社長、東山新社長&イノッチらによる謝罪会見であろうか。事務所として正式に、故ジャニー喜多川による性加害を認めて、謝罪をした途端、それまでジャニーズ事務所に忖度していた世間のマスコミやスポンサーまでが、同事務所を競って叩きはじめている。

同事務所の所属タレントをCMや広告に使うことに関しても、多くの企業が契約更新しないとか、契約更新是非を検討中とか表明しているようである。タレントに罪はないと思うのだが、社会正義に反する行為を長年にわたって隠蔽していた事務所に非があるのは明らかである以上、そういうところとはビジネスを続けられないという理屈である。

言っていることは、まあ、わからなくはない。が、しかしである。

故ジャニー喜多川がやったこと自体は、旧聞に属する話である。性加害行為が行なわれていたこと自体については、今から20年近く前に裁判でも決着している。コンプライアンス上、問題があると思うのであれば、もっと前々から問題にすべきことだったのだ。

故ジャニー喜多川の性加害行為自体は、現在の刑法だと、「不同意性交等罪」(刑法第177条)、「不同意わいせつ罪」(刑法第176条)にあたると考えられ、現代であれば完全にアウトである。にもかかわらず、ジャニーズ事務所は、創業者の悪行を知りつつ、業界内での強い立場を背景に、長年にわたって「頬っかむり」をし、話題に上らせることさえ許さなかった。そうした態度や姿勢こそが問題だったのである。

法整備が十分に追いついていなかった過去の話だし、当時は違法ではなかったから問題とすべきことは何もないという考え方もあるのかもしれないが、「コンプライアンス」とは法律さえ守れば良いという意味ではない。世の中の社会通念とか、世間の倫理観、もっとアバウトな言い方をするならば、「世の中の空気」的なものにも配慮する必要がある。少なくとも、今の世の中の感覚では、そういうことになる。厳密な法律の運用としてアウトかセーフかという話をしているのではなくて、社会通念上、許されることか否かに基づいて判断すべきである。

同じことは、マスコミや、ジャニーズ事務所に所属するタレントを使っているスポンサー企業に対しても言える。同事務所のスタンスに本当に問題があるのであれば、今ごろになって後出しジャンケンのようなことをするのではなく、勇気を奮って同事務所に対して事実関係の説明を求めて、納得ある説明が得られるまでは同事務所とのつきあいを控えるくらいの筋を通すべきだったし、もしそうであれば大いに称賛に価したと思う。

しかしながら、それがやりたくてもやれなかったのは、ジャニーズ事務所の権力があまりに強大であり、同事務所に所属するタレントを使えないことの商売上のデメリットが大きすぎたからである。今のように、皆んな揃ってであれば、赤信号も渡れたのだろうが、自社だけ単独となると、そのような勇気はない。世間のそうした「長いものに巻かれる」姿勢に罪はなかったのか。

新約聖書のヨハネによる福音書に、姦通罪で捕らえられた女性をめぐる、イエス・キリストと学者たちが対決する場面がある。当時、姦通罪は石打ちの死刑にされることになっていたが、イエス・キリストは、「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」と言ったという。すると、1人また1人とその場を立ち去ってしまい、誰も女に石を投げることができなかった。要するに、罪を犯したことのない人間など1人もおらず、自分の正しさを根拠に人を裁く権利や資格を持つ者は誰もいないということを意味する。

言うまでもない話だが、いちばん悪いのは故ジャニー喜多川であるし、次いで悪いのは、創業者の悪行を知りつつも放置していたジャニーズ事務所であるに決まっている。しかし、彼らのふるまいを看過して、彼らを利用して商売していた連中には罪はなかったのか。

なのに、今ごろになって、海外の世論なども気にしつつ、自分たちこそ正義の味方みたいな姿勢でモノを言っているマスコミは笑止千万であるし、今ごろになってジャニーズタレントをCMや広告に使わないとか騒いでいるスポンサー企業もナンセンスである。

本来であれば、皆んな揃って、総懺悔するところからリスタートすべき話であろう。

ジャニーズ事務所は非公開のオーナー会社だから、ジュリー社長の肩書がどうであれ、彼女がオーナーである限り、何も変わらない。この問題を総括して、被害者への賠償を本気でやるつもりならば、現在のジャニーズ事務所を存続会社(バッドカンパニー)として、タレント事務所としての健全な事業活動を担う会社(グッドカンパニー)を括り出して、別組織にするしかないと思う。

バッドカンパニーの方は、ジュリー前社長が引き続き責任者として、最後までしっかりと落とし前をつけるのだ。創業者の姪である以上、道義的にもそうでなければ世間が納得しない。それに時価1,000億円と言われる資産的な裏付けもあるから、賠償は十分に可能であろう。

グッドカンパニーの方は、テレビ局等のマスコミ各社からの出資も受けて、経営陣も一掃して、外部のチェック機能が働くようにすれば、経営の透明性も確保される。そうすれば、いずれはホリプロみたいに上場することも可能であろう。

ジャニーズ事務所が、オーナー家と決別して、「普通の会社」になるための絶好の機会だとポジティブに考えるべきなのだろうが、単に叩くだけでは会社としての価値を毀損させるだけである。芸能事務所の財産は所属タレントである。有能なタレントが事務所の先行きに失望して、他の事務所に移籍してしまったら何も残らないのだ。

今のままだと、芸能事務所としてのジャニーズ事務所が沈んでいくのを待つだけということになるような気がする。もったいない話である。


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